「バッカみたい。ここに来たって何が分かる訳でもないのに」 建築中の純和風の大道家を見上げながら、理真は大きく溜息を吐いた。 大道家は二ヶ月前爆破され全焼したのだ。 理真はほんの二ヶ月前に、ハットリに逢えるかもとの僅かな望みを掛けここに忍び込んだ。 勿論目的は遺言状だったが、理真の一番の目的はやはりハットリに違いなかった。 結局ハットリには逢い損なった。 しかし、ここの新しい当主は何か知っている。 大道虎之介は確かにハットリを知っていた。 あの夜、理真が気を失っていたのは束の間で、混乱に乗じて、警察から逃げ出している。 財界のプリンスと、一応犯罪者である泥棒との繋がりは何なのか。 理真はどんなに眺めても答えの出ない大道家を後にした。
その後ろ姿を蒼い瞳が追った。 「あれは、確か…」 夏のある一日が、そのブロンドに隠された脳に過ぎる。
昔の事をやたら思い出したな。 夕日は既に地平線の彼方に消え、その暖かみを持った光だけを未だ地上に名残惜しそうに残していた。 遙か遠くのクリスマスツリーが、残った深いオレンジ色の光を受け、頼りなさげに自らも光を放ち出した。
放つ光は病室の服部には届かない。 思い出した筈の記憶のジグソーパズルが一つ欠け落ちている。 そんな気がしてならない。 この不確かな歯痒さに、何が思い出せないのか考える自分に対し、服部は心の奥で苦笑いを噛み殺した。 どうでもいい事だ。少し眠りすぎたようだ。
「じいさん。オレ、どのくらい寝てた?」 天井の正確に並べられた細かな穴を、眺めながら服部は訊いた。 「3日間。明日はクリスマスイブじゃ」 側の椅子に座っていた老人は服部に向かい一綴りの書類を服部に投げた。 服部は片手でそれを掴むと、その英語で記された十数枚の書類をぱらぱらとめくり、顔を強ばらせた。 老人は静かに立ち上がり、服部を背にして窓辺へ移動した。 「ワシを捜しておったじゃろう?アルがお前を狙うわけを訊ねるために。随分時間が掛かったが、何とか答えを見付けることが出来たよ」 「…やっぱり。知っていたんだな。あの爆弾もオレを狙っていた。そうだろ?」 「もっと早く言うべきだったんじゃが…」 窓辺に佇む老人の瞳は外に広がり始めた深い夜の向こう側を映す。 そんな老人の後ろ姿を暫く見やってから、服部は書類を改めて読み始めた。 不意に服部の目が立ち止まり、その瞳は老人を越え、遠く窓の外へ向けられる。 失っていた記憶の欠片を見付けたのだ。
7年間、服部は人のモノを盗み続けた。 じいさんが持ち掛けた仕事を、アルと嗤いながら続けた。 じいさんは詳しい事を何一つ話さなかったが、敢えて訊こうとはしなかった。自己防衛の為だ。 盗まれる人の心から、出来るだけ目を反らした。 それは、13年間の内に無意識に身に付いてしまった。 ジッとしていると体が疼いた。 動いていないと体が腐りそうになる。 人を欺き、獲物を手に入れる時、体中の細胞が騒ぐ。 快感だった。
7年間、走り続けた。 立ち止まると余計な事を考えてしまう。 この細胞の正体は? 考えていないつもりで考えていた。 心に止まない疑問が降り積もる。 雪は自分を振り返させる。 雪は深々と降り積もる。 春も夏も秋も、雪は降り続く。 変わることなく…
不意に冷たい風が服部の頬を伝う。 「夜か…」 いつの間にか眠っていたらしい。 シンと静まった病院内から服部の耳に足音が滑る。 夜中に数度の看護婦の見回りだろうと、服部は上半身を起こした。 足音は徐々に遠ざかる。 鼓膜から足音の余韻が消えると、服部の目が窓の外へ向かう。 夜の闇から月が顕れ服部の顔を照らし出す。 何処にも欠点の見当たらないスッキリとした顔に僅かに残る幼さが、月光が創る陰影によって浮かび上がる。 キリキリと脇の傷が痛んだ。夜の闇は月明かりに蒼く冴える。
冷たい風の音は人々の心臓を貫き、何事もなかったように闇へと消えていく。 そして、繰り返し続く風の音を聴きながら、一台のフェラーリがブレーキを止めた。
「やん。伝線しちゃった」 ロビンは体をひねり、ふくらはぎ付近の黒いストッキングにスッと伸びた一本の線を怨みがましそうに見た。 そして、その拍子に被っていた帽子が風に流された。 「あ!」 黒いロビンの帽子は闇の中をフワリと風に運ばれ、スラリと伸びた綺麗な指に捉えられた。 ロビンは黒い艶のある髪を掻き上げ、帽子を手にした金髪のイギリス人を見た。 ロビンはニッコリと微笑み、お礼をする。 「ありがとうございます。助かりましたわ」 帽子を差し出すイギリス人もロビンに負けない笑顔を見せ、流暢な日本語で答える。 「いえ。貴女のような美しい方とお話が出来るとは夜風に感謝しなければいけませんね」 「そんな。恥ずかしいですわ」 聞くだけでも恥ずかしい台詞にロビンはわざとらしく顔を赤らめ帽子を受け取る。 そして、艶のある瞳をイギリス人に向け訊ねる。 「こんなお時間に、どなたかのお見舞いですか?」 ロビンは月明かりの下に不気味にその存在感をアピールする白い建物を見上げた。 「ええ。知り合いが入院していましてね」 「まあ。それはお気の毒に」 「いえ。でも、どうにか回復したようで安心しましたよ」 「それは、よかったですわね」 ロビンは聖母の如く微笑みを暗い闇の中に振りまく。 イギリス人は優しく微笑みを返す。 「それでは、私は、これで失礼致します」 そう言ってロビンに会釈をし、病院に背中を向けたイギリス人は不意に何かを思いだしたように振り向く。 そして、爽やかな笑顔を崩さずに言う。 「また、いずれ、お会いしましょう。家を破壊したお詫びをしますよ。虎之介さん。失礼、今はロビンの方がいいかな」 「いえ。お詫びなど結構ですわ。アレは私の不注意でしたことですから」 月明かりの下、ロビンの微笑みが一層美しさを増す。
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