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作品名:月の裏であいましょう。 作者:木理

第28回   File4:LAST PRESENT(完)
 大道グループ会長逝去のニュースが流れたのは、クリスマスの飾り付けが街のあちこちで見られるようになった頃だった。
 アレ以来ロビンは忙しいのだろうか、テレビ画面で一度大道虎之介の顔を見ただけだった。
「う〜。寒ぃ〜」
 すっかり落ち葉が落ちきった公園の木々の下を、一人体を震えさせ服部は歩いていた。
 足下から伸びる長い影が幾つも行き交う。
 少し気の早いサンタクロースが子供達に風船を配っている。

 パッパー
クラクションに振り向くと懐かしい顔がにこやかに手を振っている。
「ロビン!いいのか?今日は葬式じゃないのか?」
「そうよ。やっと抜け出してきたんだから」
 甘ったるい声に長い髪のこの美女が、アノ経済界の権力者だとは誰も信じないだろう。
 服部は今後の日本経済を憂いながらロビンを見る。
「遺言状は、無事だったのか」
 ロビンは少し頷いて、遠くを見つめた。
「…『全ては、大道虎之介に一存する』だって。意識不明のまま死んでいったわよ。つまり、それが最後のメッセージ。もっと気の利いたモノを残せばいいのに。」
 最後の取って置きのプレゼント。
 揶揄するロビンの瞳からは真実が見えない。
 服部は暇な筈のないロビンに短く訊く。
「何か用か?」
「アルって誰?この前、訊きそびれたのよね。どうして、人の家壊してくれたのか、ハットリなら知っているんじゃないかなって。唯者じゃないでしょ。偽ハットリに気を取られ過ぎたとはいえ、私の家に忍び込んで、あの規模の爆発物を仕掛けるなんて。しかも、相手は私が、ロビンが虎之介だって知っていたんでしょう」
「アルとは、ロビンが来る前にオレと6年間パートナー組んでいた。人の上手な殴り方から鍵の開け方、ほとんどアルから教わった。爆弾のことも。ロビンが来るまではオレ達の存在が表に出ることはなかったけどな」
「ふぅ〜ん。で、どうして人ン家、爆破したの?」
「それは、おれも知りたい。じいさんを探しても見るからないしな」
「ハットリもわかんないのね。私も捜してるんだけど見つからなくて」
「あのじいさんとは長い付き合いだけど、ロビン以上に謎だらけだ。オレはじいさんの本名すら知らないからな。でも、今日もちょっと事務所に寄ってくる。もしかしたら、いるかもしれねぇし…」
「暫くは、休業ね」
「暫くって。おい」
 まだ、お前は続けるつもりか。
 服部はマジマジと嘘みたいな美女を見遣る。
 残念そうに溜息を吐くロビンは何ら以前と変わらないように見えた。

 ロビンが去り、歩きだそうとする服部を、また誰かが呼び止めた。
「捜したよ。ハットリ」
「アキラ。無事だったんだな」
 アキラとも、あれ以来の再会だ。
「まぁ。オレはしぶといから。死んだり捕まったりしないよ。何てったって、未来のアーティストだからな」
「アーティスト?」
「言わなかった?オレ、ゲージュツカになるんだ。専門にも行ってる」
 アキラは抱えていた袋から一枚の絵を取り出し服部に見せる。
 アキラの描いた“微睡みの少女”だ。
「ずっとハットリに見せたかったんだ。今日はたまたま持っていたから、ちょうどよかったよ」
「綺麗だな…。ずっと、見てみたかったんだ」
 桜の中で微笑むように眠る少女は、服部に束の間の安らぎを与えた。
「ところでさあ。アノ爆弾騒ぎはハットリがやったんじゃないんだろ?ニュースでは怪盗ハットリの仕業だって報道されているけど…」
「ああ。オレじゃない」
「だよな。ダチ怪我してさ。全くひでえよな。不法侵入したのはオレ達だけど。でも、世間じゃ、すっかりお前は悪者だな」
「…そうだな」
 服部の瞳に漂う、夕暮れの赤い光がゆっくりと闇に奪われていった。

 『日本占い師協会本部』には、老人の姿はなかった。
 夜の中にすっぽりと埋まってしまった公園には、先程とはうって変わって人影はなく、服部はさらに寒さを感じる帰り道をトボトボと歩く。
 不意に左の頬に冷たさが走る。
「雪か…」
 見上げると、次から次へと夜の空から白い雪が服部に向かい舞い降りて来る。
 闇からの雪はまるで服部の奥から沸き上がる様々な感情の様に降りしきり、やがて積もっていく。
 肩に積もった雪を軽く払い歩き出そうとした服部の目に、白い髭を顔中に生やしたサンタクロースが微笑み掛けてきた。

「メリークリスマス。風船はいらんかね」

 赤い風船を服部に差しだしサンタクロースは服部に近づいた。
「あ、ありが…」

 熱い。

 サンタクロースの手から闇へと放たれた赤い風船が、服部の目に白い雪と重なる。

 あの闇の向こうには何があるんだろうか?

 ああ…。
 雪ってこんなに熱いのか。

 ドサッ

 サイレンサー付きの銃口から放たれた硝煙の嫌な臭いが辺りに広がる。
 腹を抱えたまま、地面に倒れ込んだ服部の目にサンタクロースの黒い長靴の色と、鮮やかな赤い液体がぼやけて写る。

「本当は僕のかわいい教え子をこんな簡単には殺したくはなかったんだけど、これもビジネスだからね」
 薄れる意識の彼方、遠い昔から知るイギリス人の声が聞こえる。
「ああ、そう言えば、フジイが日本に…」

 それ以上は降り続く雪に呑み込まれ何一つ服部の耳に届かなかった。
 ただ、自分の体内から流れ出る血液の音だけが体中に響いていた。

 この夜、白い雪が何もかも純白に埋め尽くした。

 音も。

 光も。

 血も。

 服部の存在も。


 何もかも…






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