鳴り響く爆竹に冷静さを失った警官達と、お酒と音楽に酔いしれる無国籍なダンサー達の間をすり抜け、警官姿の理真は簡単にリビングに行き着いた。 誰も、金庫に無関心だった。 長谷川さえもこの場を押さえるのに走り回っていた。 理真はリビングのテーブルに、そっとしゃがみ込みニンマリして金庫を手に持った。 「怪盗ハットリ参上、なんてね」
カチャ 爆竹やヒップホップに混じり確かに聞こえた撃鉄の音に、理真は顔を上げた。 「アンタが偽ハットリか?」 妹に叩き込まれた知識の中にいる大道虎之介が、自分に銃を向けている。 周りの非常識な空間では、この非現実的な光景でさえも普通だった。 誰も、あの大道虎之介が銃を人に向けている不自然さに気付かない。 「女か?」 虎之介は理真に銃口を突き付けたまましゃがみ込んだ。 「何故、偽物だと?」 理真はこの状態でさえも平静を装う強さを身につけていた。 そんな理真の顔に、虎之介の記憶力から、以前に見た事のある顔が弾き出される。 ハットリのマラソン大会。 一緒にいた女子校生か? 理真はそんな虎之介に気付かず続けた。 「怪盗ハットリの正体は誰も知らない。私が偽物だと分かるのは、私と本物の怪盗ハットリだけのはず」 この状況でこんな女子校生にどこからこの強さが出て来るんだ。 不思議そうにこの女子校生を見る虎之介に、理真は瞳を輝かせた。 「もしかして、知っているの?」 「え?」 「怪盗ハットリが誰なのか知っているの?」 虎之介は暫く理真を見ていた。 「教えて。お願い」 この強さの理由に、虎之介は吹き出しそうになった。 「服部…、いや、ハットリが好きなのか?」
爆竹とヒップホップに踊り狂う人々と、逃げまどう小心の警官達の間をすり抜けた服部は、煩わしそうにお面を取り外した。 広がる視界に銃を持つ大道虎之介とソレを突き付けられる警官の姿を発見した。 警官の方は柱に遮られ顔は見えないが、大道虎之介の顔は新聞で確かに知っていた。 虎之介は真っ青な忍者姿の服部に気付きニッコリと微笑んだ。 「遅いじゃないか。ハットリ。それにしても今夜は随分派手な衣装だな」 思いかけない虎之介の言葉に目を見開く。 「どうして…?オレを知って…るのか」 肩を竦めた虎之介の隣にいる理真が、身を起こそうとする。 太い柱が警官姿の理真と服部を隔てていた。 「ハットリ?」 警官から発せられた理真の声に、服部はピタリと体を強ばらせる。 理真の角度からも服部が見えない。 理真はハットリを見ようと立ち上がろうとした瞬間。
ボーン
凄まじい爆音と共に爆風が大道家のリビングを襲った。
ボボーン
さらに響く爆音は、服部が使う特殊閃光音響弾ではない。 炎は別の世界を構成し始め、踊り狂っていた無国籍な人種達や警官達をさらに混乱の中に放り込んた。 木造立ての建物は赤い炎に包まれ、見る見る内に逃げまどう人々を襲う。 いきなり響いた爆音を聴き、長谷川は混乱を極める民間人と警官達を、何とか外に避難させようとした。
「全く、今夜はどうしたと言うんだ」 「警部。大変です」 律儀な長谷川の部下が、崩れ落ちる梁の間を潜って長谷川に近づいた。 「たった今。何者かがこの家に爆弾を仕掛けたとの情報が入りました」 「もう、とっくに爆発しておる」 「いえ。もっと規模の大きなヤツだと」
「なんだ、コレは?」 凄まじい爆音に、服部は顔をしかめる。 周りの警官達も、服部と共にこの屋敷へパーティに来た仲間達も、すでにリビングから姿を消していた。 服部は辺りを見渡す。 「理真!」 服部の目に、倒れている理真が目に入った。 「大丈夫。軽い脳震盪だろう」 虎之介は倒れている理真の上半身を抱き上げ、服部の視線に気付くと顔を上げた。 暫く服部の不思議そうな視線を受け、虎之介は溜息を吐いた。 「オレが、分からないのか…?」 「え?」 リビングに煙が充満し始めた。 不意に虎之介は体を強ばらせ、耳を澄ませた。 「隠れろ。ハットリ」 「って、どこに?」 火は大分近づいている。服部には呑気に隠れている場合ではないような気がしたが、虎之介に引っ張られソファの裏に手荒に投げ込まれた。 「大道さん。まだ、そこに居たのですか?早く逃げて下さい」 長谷川警部だった。 「大規模な爆弾がこの屋敷に仕掛けられています。犯人からの声明だと、0時30分ジャストに爆発します。後10分もありません」 「この屋敷のどこにですか?」 「分かりません。大道さんは早く逃げて下さい。今、爆弾処理班を呼びましたから。私はこれから爆弾を捜します」 「警部。10分なら爆弾処理班は間に合いません。私が捜します。ここは私の家ですから、私の方が見つけだす確率が高いです」 「しかし、爆弾の規模は、半径50メートルに及ぶとの声明です。危険すぎます」 「…50メートル」 あまりの話に、虎之助ですら一瞬戸惑った。 「いえ。では、尚更、私が捜す方がいい。長谷川警部は付近の住人の避難をお願いします。大丈夫です。私は幼少の頃から、護身術を学んできました。爆弾処理もカリキュラムの内の一つでした」 考えている時間はなかった。 長谷川は真っ直ぐに虎之介を見ると、深々と頭を下げた。 「お願いします」 虎之介は静かに頷いてから、倒れている理真を指差した。 「警部。彼女を連れて行って下さい。おそらく先程の若者の内の一人でしょう」 長谷川は理真を背負い、走ってその場を去った。 「どうやら彼女は、ハットリの正体を知りそびれたようだな。さて、と。ハットリ出て来い。今、聞いた通りだ。爆弾を捜すぞ。時間がない」 「オレは逃がしてくれないワケ?」 大道虎之介に向かって服部はブツブツと言った。 「行くぞ」 そんな服部を、無視し虎之介は走り始めた。 「どこ行くんだよ。だいたいこんなだだっ広い家、どう捜すんだよ」 「ハットリなら、民家に爆弾を仕掛けるとしたらどこに仕掛ける?」 虎之介を追いかけながら、服部は考えた。 「台所かなぁ」 大規模な爆破を企てるのなら、かなりの火薬が必要だ。火薬の量を最小限にし、大規模な爆破を試みるなら、ガス管のある台所を選ぶ。これが、テロリストだったらそう簡単には行かないが、とりあえず時間がない。可能性が最も高い場所から探すしかない。 「1階厨房」 「民家に厨房ねぇ…」 炎から身をかわしながら、服部はスーツ姿の素早い動きについて行った。炎に恐れる事もなく軽やかに障害物から身をかわす後ろ姿に、唯者じゃない、と服部の経験が呟く。 虎之介に続き、階段を下りようと足を掛けた瞬間。 服部の足下が脆くも崩れ落ちた。 前を行く虎之介は素早く服部を捉える。 足下は既に火の海だ。 虎之介の手に掴まった服部は、虎之介の真剣な顔に考えるより先に言葉が出た。 「ロビン?」 火はすぐそこに来ている。虎之介の足場さえも危うかった。 「ロビンだろ」 「そんな事言ってる場合か」 虎之介は力一杯、服部の手を引く。 キラキラと赤い火の粉が目の前にちらつく。 「大道虎之介に変装していたのか」 ドサッ 何とか服部を引き上げた虎之介は、少し呆れたような顔をして呟いた。 「意外に抜けているな…。それとも、ロビンが本物でオレが偽物なのか」 バカな、一人嘲笑うと虎之介は立ち上がる。
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