予告当日。 大道家の贅を極めた日本庭園は、先代の趣味に合わせ四季折々の植物が咲き誇る。 庭師に時間を掛けて手入れさせている優雅な木々達は秋の色に染まっていた。 しかし、その夜、その庭に不似合いな制服に身を包んだ警官達が厳しい顔つきをして立っている。 「遺言状はこの中にあるのですね」 テーブルに置かれた小さな金庫を指差し、長谷川宣雄は、財界のプリンスと詠われる大道虎之介に慎重に確認した。 「はい。確かに」 虎之介は静かに答えた。 その誠実そうな雰囲気に長谷川も気を引き締めた。 ピシッとスーツを着こなし、しなやかな肢体を持つ業界の権力者見て警官達は口々に囁いた。 「アレが大道虎之介か。かなりの切れ者らしいぞ」 「いい男だな」 警官達に囲まれリビングのソファに腰掛ける虎之介は、圧倒的な存在感でその場にいる者全ての心を惹き付ける。 そこに一人の小物が、肥満体を出来るだけ小さく見せるようにこそこそと入り込んできた。 虎之介はその人物にも礼を欠かさない。 「今日はわざわざ、来て頂いてありがとうございます。叔父さん」 虎之介は、今夜、偽怪盗ハットリの手助けをするであろう男に、ソウと知っていて、丁寧に挨拶をした。 そして、虎之介は金庫を指差して微笑んだ。 「あの中に、遺言状があります」 大道健次郎はゴクリと唾を呑み込んだ。 (さぁ。どう出る?偽ハットリ) 虎之介の中のロビンが不敵な笑みを浮かべた。
服部は時計に目をやった。 「10時か」 予告状の時間は12時だ。 そろそろ家を出た方がいい。 ベランダの戸に手を掛け呟く。 「偽ハットリの顔でも拝みに行くか」 ピンポーン 軽快なベルが鳴った。 (この時間にお客?) 母親が応対しているようだ。 その相手の声に服部は暫く動けなかった。 「太一。テツ君よ」 予想通りの展開に仕方なく玄関に向かった。 「どうしたの。こんな時間に」 服部の質問にテツは笑いながら答える。 「悪ィーな。こんな時間に。これから一緒に遊びにいこーぜ」 「今から?」 今夜は困る。 偽ハットリの正体を掴み、そいつの目的を阻止しなければならない。 服部は母親を振り返った。 「もう。夜遅いし、明日にしたら?」 服部の期待通りの母の答えに、テツは一生懸命説明し始めた。 「でも、今日はハロウィンでしょ。パーティがあるんですよ。今日でないと」 「ダメだよ。母さんがああ言ってるし…」 隣で聴いていた父が口を挟んだ。 「いいじゃないか。母さん。太一も、もう高校生だし自分の行動に責任の持てる年頃だ。太一、あんまり羽目を外すんじゃないぞ」 寛大な父にそう言われ、服部は行かないとは言えなくなった。 「おばさん。明日は休みだから太一君には今晩家に泊まって貰います。じゃあ、行こう!」 「え?」 テツは満面の笑みを浮かべた。 「今夜は一晩中付き合って貰うよ」 服部はテツが自分を怪盗ハットリと疑っている事実を思い出し、苦笑いを浮かべた。 (そう言う事ね)
「何なんだ。これは?」 「言ったろ。ハロウィンだって」 どこから用意したのか、テツとお揃いの真っ青な忍者の衣装に着替えさせられ、服部は頭を抱えた。 まさか、本当にハロウィンパーティーに連れてこられるとは… テツは嬉しそうに店内に入った。 店内は怪しい変装をした若者達でごった返している。 「テツは、こんな所よく来るの?」 「こんな所って?友達にチケット貰ったんだ」 軽快なヒップホップと、お酒に酔ったピエロとチャイナドレスの美女が話しかけてきた。 「かわいい〜。忍者?」 チャイナドレスの女が二人の真っ青な衣装を指差し微笑みながら訊ねる。 「忍者ハットリ君だよ」 テツはどこから調達したのかハットリ君のお面を取りだし、無理矢理服部に被せた。 (さて、どうするかな?) 服部は溜息を吐き、腕時計に目をやる。 針は11時を差している。 「飲み物、何する?」 バニーガールが服部達に声を掛ける。 「じゃあ。ブルドッ…」 と、言いかけた服部を無視し、テツが元気に言った。 「オレンジジュース。2つね」 バニーガールはクスッと笑いチケットの半券の代わりにオレンジジュースを出した。 「ハットリ?」 不意に後ろから声が掛かる。 そこにはウサギが立っていた。 ウサギはその大きな顔を外した。 服部は見覚えのある顔に出会う。 「アキラ」 春に“微睡みの少女”を捜していた青年だ。 アキラはチラリとテツを見てから、グッと服部の首に手を回し耳元で囁く。 「今日は仕事じゃないのか?」 怪盗ハットリが大道家に現れることを新聞か何かで知ったのだろう。 「アレは偽物だよ」 服部は不意に思った。 (ソウだ。アレは偽物だ。ほっとけばいい。そうしたら、『怪盗ハットリ』は現れ、テツに疑われる事は無くなる。が、…ロビン怒るかなぁ) 何故かロビンは真剣だった。 しかし、今夜は何の作戦も立てていない。 出たトコ勝負。 ロビンがどんな変装するかも知らない。 ロビンの変装はいつも完璧だった。 服部さえも本物との区別が付かない。 「その偽物、ほっとくのか?」 にやりとアキラが笑った。 アキラは以前とは、確実に変わっているような気がした。 相変わらず遊んでいる感じはしたが、ある種の迷いがない。 「なんだよ。何こそこそオレ抜きで話してんだよ」 テツが後ろから服部をどついてきた。服部は頭を抱えてテツに振り返る。 「何でもないよ」 ウサギの着ぐるみを身に纏いその首を片手に抱えたアキラが不意に思いついたように、指を鳴らした。 「いいコト思いついた!」
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