夏の青空は、誰もが憧れ、渇望し、決して誰にも到達できない場所を連想させる。 そこに浮かぶ白い雲は届きそうで、誰にも掴むことのできない空への階段なのだろうか。 暑い太陽は眩しすぎて、誰も凝視できない。
眩しいはずの太陽の下、暗闇を歩く。 太陽を肌と臭いで感じながら、涼子は病院への道のりを、一歩一歩大事そうに歩いた。 「ねえ。麻美ちゃん。人は死んだらどこへ行くのかなあ?」 涼子の手を引き、その歩く速度に会わせゆっくりと歩いていた麻美が、涼子の質問に淡々と答える。 「そうですね。肉体は灰になります。そして、精神は生まれる前の状態、つまり“無”と言う状態に戻ります。“無”と言う概念もない“無”へ」 「何も無くなっちゃうのかぁ。でも、残された人たちの心の中では生きていられるよね?」 「死んだ人間にとっては、残された人も、世界も、宇宙も全て“無”に帰します。この世界は、全てそれぞれ、例えば、私の五感で感じ、脳で処理されています。つまり、私が死ぬと言うことは世界、この世、全ての死に相当します」 「じゃあ、私が死んだら、キムタクもブラビも、アインシュタインが解いた宇宙も無くなるんだ。沙里奈…友達が死んだら、私も死ぬの?」 「あなたの友人にとっては、全てなくなります」 「なら、残された人たちの心の中には、残れるのね」 「単なる記憶の一部を構成するに過ぎませんが…」 「麻美ちゃんは、何か中学生にみえないね。あ。じゃなくて、私には、本当に見えないけど」 涼子は微笑み、麻美の顔を想像した。 抑揚のない淡々とした語り口も、時々、フッと漏らす小さな溜息も14歳の女の子からのものとは考えられなかった。 真夏の太陽は涼子の白い肌を容赦なく照らし続け、ノースリーブのワンピースの背中が、僅かに汗ばみ、色を変えていた。 麻美の細い指から感じるひんやりとした冷たさが涼子には気持ちよかった。 「以前の定期診断の際も、ここに来られましたよね。誰かのお見舞いですか?」 「うん。友達が入院しているの」 目の見えない涼子が、ぴたりと一つの病室で足を止める。 麻美は扉の横にある名札に目を向けた。 遠藤沙里奈。 涼子の唯一の友人の名である。 扉を開けると生暖かい風が涼子の髪をフワリと靡かせた。 室内の開いた窓が運んだ風と共に沙里奈の声が届く。 「そろそろ、来る頃だと思った」 一瞬、沙里奈の声が戸惑う。 麻美の存在に気付いたからだった。 その空気に気が付き、麻美は軽くお辞儀をし、病室から出ていく。 「今の娘は、誰?」 「母の知り合いのボランティアの人らしいわ。二週間前ぐらいから、たまにああして付き合ってくれるの。もう、一人でも平気だけど、助かるわ」 「そう…」 「私の友達は沙里奈だけだよ」 迷いのない涼子の言葉が耳に届く。 そんな不確かで優しい涼子の言葉に、幾度救われただろうか。 涼子の目を奪っておいて、今、平気なのは自分の命が残り少ないからだろうか。 残り少ない命に何も感じないのは、涼子がいるからだろうか。 一年前に確かに無くしたと感じた命の光が今尚鮮明に見えるのは、自分が奪った涼子の目の光なのか? 一年前まで持っていた携帯電話のメモリに、確かに刻まれていた電話番号の主達は幻で、残された唯一の現実は幻よりも心が安らぐ。 楽しいはずの幻達の中で夢見ていた頃は、心の空白を埋めるように、スケジュール帳の空白を埋めていた。 「ここに居る時が、一番安心する」 そう言うのは涼子の方である。 焦点の合っていない目は沙里奈を通り過ぎ、あるはずのない何かを見ているようだった。 そして、涼子は話を続けた。 「私の両親も離婚するかも知れない。前々から仲悪かったって、沙里奈にも以前言っていたよね。お母さんはボランティアに忙しいし、お父さんは会社が相当危ないらしくて、最近、全然家で見ないの」 「涼子の家、金持ちだったモンね。私ン所は、お父さんは働かないし、お母さんは宗教にはまっちゃうし。離婚は時間の問題だったけど、きっかけは私の病気をお父さんが私に宣告した事だったな」 「私達似ているね」 不幸な境遇でも“似ている”。 それだけで涼子は嬉しかった。 実際、二人は似ていなかった。 二人が出会う事故の前までは、大人しく内向的で友達がいない涼子に対し、派手な沙里奈の周りにはいつも友達が耐えることなく、彼氏と呼ばれる男は常に二人以上はいた。 夏休みは、昼間でも子供達の声が暖かい風と共に窓から入り込む。 「ねえ。ずっと前から聞いてみたかったんだけど、あの事故の時、どうして涼子は急に道路に飛び出したの?」 その時、沙里奈の大きな目に微かに紅潮する涼子の顔が写った。
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