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作品名:月の裏であいましょう。 作者:木理

第14回   File3:永遠の瞳(2)
 み〜ん。み〜ん。み〜ん。
「太一。夏休みだからって、いつまで寝ているのよ。補習があるんでしょう」
 母親の声に目が覚めた服部は仕事を思い出した。
 仕事と言っても下調べのためだ。

 服部が向かったのは学校ではなく、病院だ。
 その病院には緑が豊富に茂り、緑の中の蝉の声が暑苦しさをさらに引き立てていた。
 しかし、一歩、院内に入ると暑苦しさから解放された。

「きゃ」
 若い女の声と共に、白く分厚い本が何冊も床に散らばった。
 水色のワンピースの少女が膝をついて見当違いの方向を両手でまさぐり始めた。
 右手には杖が握られている。
 服部は自分の足下に散らばった本を拾い上げ少女に近づいた。
「はい。どうぞ」
 服部はその少女の両手に本を持たした。
 少女は声の聞こえる方向に向いて礼を言おうとしたが、その目の焦点は合ってはいなかった。
「ありがとうございます」
 少女はぺこりと頭を下げた。
 両手に本を抱えていては、杖も役割を果たさないだろう。
「涼子さん。だめですよ。勝手に動いたら危ないでしょう。本は私が持ちますから」
 後ろから随分落ち着いた中学生位の少女が近付き、涼子と呼ばれる少女の手を取った。
「麻美ちゃん?ごめんね。ちょっと用があって」
 麻美はチラリと服部を見ると無表情で涼子とその場を去っていった。
「アレが栗原涼子か」
 水色のワンピースが似合う、透き通るほどの白い肌の女の子だった。

 そして、服部は外来を通り過ぎ、今回の仕事の依頼者が入院している病室に入った。
「はじめまして。遠藤沙里奈さんですね」
 腕の点滴の針は酷く痛々しく、髪は抗がん剤の副作用の為だろうか少し薄くなっていた。
 輝きを失いぼんやりと天井を見つめていた大きな瞳が服部に移った。
「怪盗ハットリ…?本当だったんだ…」
 病院のベッドには似つかわしくないこげ茶に焼けた肌はぼろぼろだった。
 服部はそれには答えずに、ベッドのそばの椅子に腰かけた。
「もう、あれから1年が過ぎたのね」 
 一年前を懐かしむように、沙里奈は話し始めた。
「…あっという間の一年だったよ。学校の健康診断で、精密検査を受けるように言われて、受けたら、胃癌で、しかも、手遅れ。父親は隠しもせず、はっきりと言ってくれたよ。それがいつも飲んだくれの父親の優しさだと初めは気付かなかった。ヤケになって、占い師とか霊能力者とか冷やかして回ったの。ホントは、そんなもの信じてなかったけど、あのじいさんだけは、信じた。だから、事故であの子の目を奪ってしまったとき、あのじいさんなら何とかしてくれると思ったの。じいさんは笑って言ったよ。『それでは、ハットリがあなたの瞳を奪いましょう』って。でも、1年前ってまだ、怪盗ハットリなんて知らなかったから、意味がわかんなかった。でも、その後から、ニュースで怪盗ハットリが出るようになって、もしかしたら、じいさんの言ったハットリは、怪盗ハットリなのかな?って、思った。それでも、あなたが来るまで…、この瞬間までちょっと疑ってたかも…」
 沙里奈は、独り言のように、でも、一語一語、丁寧に話す。
 誰かに聞いてほしかったのかもしれないし、そうでないかもしれない。
「でも、よかった…。あの子に光を返してあげられるんだね…。お母さんは反対してるし…。もう、説得は諦めたけどね。涼子にも何も話してない。あの子、すごく責任感じていて、絶対納得しないと思うから。そう言う子なんだモン」

「ねえ、どうして、オレがハットリだと分かった」
 二人は、初対面。
 服部は自己紹介をしていない。
 沙里奈の話だと、それ以来、じいさんにも会っていないようだ。
「…入院してから、最初は友達が毎日のように来た。今は涼子だけ。あの事故に遭わなかったら、一生友達になれないような超お嬢様学校のあの子だけよ。他に誰もこない」
 毎日、できる事は病室の天井を眺める事と、考える事だけ。
 沙里奈はこの天井を眺めながら、ハットリが来るのを待っていたのか。
 それとも、本当は恐れていたのか。
 その綺麗な瞳からは読みとれない。
 輝きを失っても濁っていない。
 澄んだ瞳。
「今は携帯も何もいらない。ただ、待つだけ」
 何を?
「ハットリは毎日来てくれるの?」
「え?」
「私が死ぬまで」
 窓からの光は容赦なく病室に降り注いだが、病院内の気温は常に一定に保たれているため、外の暑さまでは伝わらない。



 1年前、夏の暑苦しい部屋で、いきなり父から自分の命の期限を宣告された。
 高校生と言うブランドを身に纏い、今を面白く生きていた。
 いつ、死んでも後悔ないと思っていた。
 いや。死の意味など考えたこともなかった。
 遠い日のことだと思っていた。
 でも、目の前に死が突然叩き付けられた。
 病院で繰り返される検査は、自分の死が現実であると繰り返し囁く。
 携帯電話のメモリを押し続け、次々に名前と電話番号が沙里奈の瞳を通り過ぎる。
「誰に言えばいい?誰が私を助けてくれるの?」
 母親は娘に癌宣告をした父に向かい二度と来るなと、罵った。
 父はそれを守った。
 その母親はわけの分からないお守りを持ってきて、沙里奈を見ては泣き続けた。
 沙里奈は母親を見る度に、自分が世界で一番惨めな人間に思えた。
 母親は自分の不幸に泣いているようにしか、沙里奈には見えなかった。
 気が付いたら、バイクのアクセルを回していた。
 不意に1ヶ月前に逢った手相見を思い出した。
 命の期限に実感の持てなかった沙里奈がからかい混じりに、街中の占い師を歩き回った時に逢った奇妙なじいさんを。
「瞳だけは、長生きする?」
 瞳だけ…
 歩行者用の信号の点滅に、アクセルを回した途端、目の前に制服が飛び込んできた。
 ブレーキは間に合わなかった。

「失明?」
「君のスピードの出しすぎが原因だ」
 警官の威圧的な態度に沙里奈はきっと睨み付けた。
「相手が、信号無視してきたんだよ」
「信号は黄色じゃなかったのか?相手のお嬢さんは前途有望な有名女子校の高校生だ。どう責任取るつもりだ?」
 明らかに沙里奈を見下していた。
「本当に私が信号無視したんです」
 開けられた扉から、目に包帯を巻いた涼子が母親に付き添われてきた。
「私が悪いんです。彼女を責めないで下さい」
 必死に訴えるお嬢様育ちの涼子に沙里奈は腹立たしさがこみ上げてきた。
「何を言っているの?自分の目が一生見えないかも知れないのに」
「だって、私が悪いのに他の人が責められるなんて嫌なの」
 涼子は叫ぶように訴えた。
 彼女の母親は少し驚いたように自分の娘を見て呟いた。
「こんな涼子、初めて見るわ」


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