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作品名:月の裏であいましょう。 作者:木理

第13回   File3:永遠の瞳(1)
 印象的な瞳だった。
 その瞳は褪せることなく、今でも、そしてこれからも永遠に輝くだろう。

 一年前の夏。
 楽しそうに走り行く子供達、買い物カゴをぶら下げ主婦達の長話は尽きない。
 その商店街の遙か上空は真っ青な空が広がっている。
 町を歩く人々の汗は、蝉の声にさらに暑苦しさを増す。
「見てよ」
 その強気な声に、商店街の片隅にゆったりと腰を下ろしていた老人の手相見は、涼しげな顔を上げた。
 そこには一人の女子校生が、右手を差し出している。
 日サロに焼けた女子校生は、近くの工業高校の限界まで短くした制服のスカートを翻し、真夏には蒸れそうなルーズソックスをだぶつかせている。
 肩より少し長い髪は先に行くほど茶色く日に輝き、根元からはオリジナルの黒い髪が伸びていた。
 まさに“女子校生”と言う寿命三年の生き物だ。
 老人は使い古された虫眼鏡を取りだし、安物のアクセサリーで飾られた手首から伸びる掌をじっくりと見た。

「ほほう。これは随分長い生命線ですな」
 ピクリとその小指が動いた。
 手相見はニッコリと微笑みその手の持ち主を見上げ、言葉を続けた。
「ですが、お嬢さんの命は後一年です。」
 女子校生は、ニッコリと微笑む手相見を暫くじっと見てから、その綺麗な瞳を輝かせた。
「気に入った。じいさん。どこで見て貰っても、この生命線を見て長生きするとぬかしやがる。さっきの女霊媒師なんか百歳まで生きると言い切りやがった」
 白い顎髭を持つ老人の手相見はクスッと笑って言った。
「長生きしますよ。その綺麗な瞳だけは」

 思い出すのは、子供達のはしゃぐ声。
 おばさん達の長話。
 蝉の泣き声。
 そして、その印象的な瞳。


「目?」
 服部はぱちくりと瞬きを繰り返した。
 老人はいつもの笑顔を崩さない。
「目なんて殺さないと盗めないだろ?冗談きついぜ」
「何かあるのでしょう」
 ソファに座っていたロビンがたばこに火を付け、ゆっくりと吸い始めた。
「じいさんは、いつも説明が足らないんだよ」
「それはお前自身が見つけるのじゃ」
「はぁ?意味わかんねぇ?」
 窓の外には、真っ青な空が広がっている。


「きゃ〜。テツ君だ」
 黄色い声の女の子達がテツを見て騒いだ。
 テツは嬉しそうに手を振った。
「すごいね。テツ。さすがにあの弱小野球チームを準決勝まで一人で持っていっただけあるなぁ〜」
 服部は今や学校中の有名人になったテツを感心しながら眺めた。
「すごくねぇよ。甲子園いけなかったからな」
 テツは残念そうだったが、あの万年一回戦負けチームをあそこまで勝たせただけでもすごいことだ。
 服部はつくづくテツの根性に頭が下がる思いがした。
「それにしても、服部、英語の補習だって?」
「期末テスト赤点だった…」
 英語の答案用紙を眺める服部は、深い溜息を漏らしていた。
 テストはいつも平均点狙いで回答してきたが、期末テストの前日に仕事をしていたため迂闊にも、テストの途中、居眠りをしてしまったのだ。
「ついてないな」
 そして、もう一人。

「理真お姉さま。現在完了と過去完了とは違います。現在完了は現在も続く結果、経験、継続を表しています。過去を基準として…」
「あ〜。もういいわよ。麻美。分かんないものは分かんないの」
 理真は参考書を忌々しげに閉じた。
「補習は決まっているんだもん。もう手遅れだよ」
「全く理真は夏休みだというのに!アンタには仕事があるのよ。呑気に補習なんてしている場合じゃないのよ!」
 手前にある書類をてきぱきと片づけながら、絵里は理真に言った。
 麻美は小さな首を傾げ、理真を見遣る。
「でも、どうして理真お姉さまは他の教科は決して悪くないのに、英語だけはできないのかしら」
「英語って理論的なようで、そうでなくて。記憶力も必要だし。例外はあるし」
「でも、私は、英語は日本語よりも遙かに簡単な言語だと思いますわ」
 嫌味の欠片もない表情で麻美は言ってのけ、理真は唸る。
「さてと。私は仕事に行って来るから、麻美は続けて栗原の調査を続けて頂戴ね」
黒装束に身を包んだ絵里の言葉に、麻美は渋い顔をした。
服部にマルチャンを破壊されて以来、麻美は外に出向く仕事を任されることが多くなった。
 麻美は外が苦手だ。
 霊媒師の仕事は、主に顧客先に出向く出張という形をとっている。
 お客は、ほとんどが常連客である。

 事務所を出た絵里はエレベーターのボタンを押した。
 ガーガガタン
 さび付いたエレベーターはそれでも、ちゃんと開いた。
「あら」
 上から下りてきたエレベーターには先客がいた。
「こんにちは。占い師さん」
 絵里はにこやかに挨拶をし、エレベーターに乗り込んだ。
 相手もにこやかに答える。
「これは、これは三階の霊媒師さんではありませんか。最近は商売繁盛らしいですね。かなりの腕前との噂だ」
「いえ。そんな」
「そんな謙遜なさらなくても。客はほとんどが上客の固定客。完全予約制の完璧な仕事」
 相手の言葉に、黒い衣装の隙間から絵里は意味深に問う。
「何が言いたいのかしら」
「いえ、いえ。いい仕事だと。本当に素晴らしいですよ。完璧なリサーチなくてはああは行きませんから。たまにミスられるのも、ご愛敬ですな。ほ、ほ、ほ」
「あら。お宅ほどではありませんわ」
 真夏に全身を黒で身を包んでいる絵里は不快な笑みを漏らした。

 チン
 電子レンジのような音を立ててエレベーターがぐらりと止まる。
 湿っぽいビルの中から昼間の強い日差しへと移行した霊媒師は、軽く会釈し先へと急いだ。
 年老いた漆黒の瞳は、その後ろ姿を僅かに追った。
 それは、偶然だった。


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