印象的な瞳だった。 その瞳は褪せることなく、今でも、そしてこれからも永遠に輝くだろう。
一年前の夏。 楽しそうに走り行く子供達、買い物カゴをぶら下げ主婦達の長話は尽きない。 その商店街の遙か上空は真っ青な空が広がっている。 町を歩く人々の汗は、蝉の声にさらに暑苦しさを増す。 「見てよ」 その強気な声に、商店街の片隅にゆったりと腰を下ろしていた老人の手相見は、涼しげな顔を上げた。 そこには一人の女子校生が、右手を差し出している。 日サロに焼けた女子校生は、近くの工業高校の限界まで短くした制服のスカートを翻し、真夏には蒸れそうなルーズソックスをだぶつかせている。 肩より少し長い髪は先に行くほど茶色く日に輝き、根元からはオリジナルの黒い髪が伸びていた。 まさに“女子校生”と言う寿命三年の生き物だ。 老人は使い古された虫眼鏡を取りだし、安物のアクセサリーで飾られた手首から伸びる掌をじっくりと見た。
「ほほう。これは随分長い生命線ですな」 ピクリとその小指が動いた。 手相見はニッコリと微笑みその手の持ち主を見上げ、言葉を続けた。 「ですが、お嬢さんの命は後一年です。」 女子校生は、ニッコリと微笑む手相見を暫くじっと見てから、その綺麗な瞳を輝かせた。 「気に入った。じいさん。どこで見て貰っても、この生命線を見て長生きするとぬかしやがる。さっきの女霊媒師なんか百歳まで生きると言い切りやがった」 白い顎髭を持つ老人の手相見はクスッと笑って言った。 「長生きしますよ。その綺麗な瞳だけは」
思い出すのは、子供達のはしゃぐ声。 おばさん達の長話。 蝉の泣き声。 そして、その印象的な瞳。
「目?」 服部はぱちくりと瞬きを繰り返した。 老人はいつもの笑顔を崩さない。 「目なんて殺さないと盗めないだろ?冗談きついぜ」 「何かあるのでしょう」 ソファに座っていたロビンがたばこに火を付け、ゆっくりと吸い始めた。 「じいさんは、いつも説明が足らないんだよ」 「それはお前自身が見つけるのじゃ」 「はぁ?意味わかんねぇ?」 窓の外には、真っ青な空が広がっている。
「きゃ〜。テツ君だ」 黄色い声の女の子達がテツを見て騒いだ。 テツは嬉しそうに手を振った。 「すごいね。テツ。さすがにあの弱小野球チームを準決勝まで一人で持っていっただけあるなぁ〜」 服部は今や学校中の有名人になったテツを感心しながら眺めた。 「すごくねぇよ。甲子園いけなかったからな」 テツは残念そうだったが、あの万年一回戦負けチームをあそこまで勝たせただけでもすごいことだ。 服部はつくづくテツの根性に頭が下がる思いがした。 「それにしても、服部、英語の補習だって?」 「期末テスト赤点だった…」 英語の答案用紙を眺める服部は、深い溜息を漏らしていた。 テストはいつも平均点狙いで回答してきたが、期末テストの前日に仕事をしていたため迂闊にも、テストの途中、居眠りをしてしまったのだ。 「ついてないな」 そして、もう一人。
「理真お姉さま。現在完了と過去完了とは違います。現在完了は現在も続く結果、経験、継続を表しています。過去を基準として…」 「あ〜。もういいわよ。麻美。分かんないものは分かんないの」 理真は参考書を忌々しげに閉じた。 「補習は決まっているんだもん。もう手遅れだよ」 「全く理真は夏休みだというのに!アンタには仕事があるのよ。呑気に補習なんてしている場合じゃないのよ!」 手前にある書類をてきぱきと片づけながら、絵里は理真に言った。 麻美は小さな首を傾げ、理真を見遣る。 「でも、どうして理真お姉さまは他の教科は決して悪くないのに、英語だけはできないのかしら」 「英語って理論的なようで、そうでなくて。記憶力も必要だし。例外はあるし」 「でも、私は、英語は日本語よりも遙かに簡単な言語だと思いますわ」 嫌味の欠片もない表情で麻美は言ってのけ、理真は唸る。 「さてと。私は仕事に行って来るから、麻美は続けて栗原の調査を続けて頂戴ね」 黒装束に身を包んだ絵里の言葉に、麻美は渋い顔をした。 服部にマルチャンを破壊されて以来、麻美は外に出向く仕事を任されることが多くなった。 麻美は外が苦手だ。 霊媒師の仕事は、主に顧客先に出向く出張という形をとっている。 お客は、ほとんどが常連客である。
事務所を出た絵里はエレベーターのボタンを押した。 ガーガガタン さび付いたエレベーターはそれでも、ちゃんと開いた。 「あら」 上から下りてきたエレベーターには先客がいた。 「こんにちは。占い師さん」 絵里はにこやかに挨拶をし、エレベーターに乗り込んだ。 相手もにこやかに答える。 「これは、これは三階の霊媒師さんではありませんか。最近は商売繁盛らしいですね。かなりの腕前との噂だ」 「いえ。そんな」 「そんな謙遜なさらなくても。客はほとんどが上客の固定客。完全予約制の完璧な仕事」 相手の言葉に、黒い衣装の隙間から絵里は意味深に問う。 「何が言いたいのかしら」 「いえ、いえ。いい仕事だと。本当に素晴らしいですよ。完璧なリサーチなくてはああは行きませんから。たまにミスられるのも、ご愛敬ですな。ほ、ほ、ほ」 「あら。お宅ほどではありませんわ」 真夏に全身を黒で身を包んでいる絵里は不快な笑みを漏らした。
チン 電子レンジのような音を立ててエレベーターがぐらりと止まる。 湿っぽいビルの中から昼間の強い日差しへと移行した霊媒師は、軽く会釈し先へと急いだ。 年老いた漆黒の瞳は、その後ろ姿を僅かに追った。 それは、偶然だった。
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