稔は左側の席を見た。先程は女子ではなかったという落胆のせいでよく見なかったが、その男は高校三年生の時に稔と同じクラスだった西文昭二であった。高校時代は、とにかくおとなしい男で、成績も普通であり全く目立たない存在であった。稔も同じクラスではありながら、二、三回しか会話をしたことがなかった。昭二という名前から一応みんなショーチャンと呼んでいた。 ショーチャンがここにいるということは、彼も受験に失敗したのだ。 「あれ、ショーチャンじゃない!ショーチャンも今日試験受けるの?」 受けるに決まっていると分かっていながら稔は聞いた。 「う、うん。俺、T大の法学部落ちたんだ……。そんでさ、ここの予備校に決めたんだけどさ、お、俺ここ来るの初めてでさ、そんでさ、この受験票の番号ってさ、この席で合ってる?てかさ、稔君もこの予備校なんだ」 西文昭二は自分の受験票を稔に見せてきた。 「え、うん、そうだよ。俺もK大失敗して、ここに決めた。ところで、この受験票だとショーチャンの席は隣の教室だわ」 ショーチャンにほとんど変化は無かった。 「え、うそ。お、俺間違ったのかな……。ありがと。じゃあ俺行かなきゃ。あ、あと十分で試験始まっちゃう……。やばいよね。ここから隣の教室まで五分かかるよね。そ、そんで席探すのにまた五分かかるよね。そしたら十分かかっちゃって、もう始まっちゃうよ。やばいよね。早く行かなきゃ、やばいよね」 ショーチャンは立ち上がった。 「いや、そんな急がなくても大丈夫でしょ。じゃ、これからまた会うだろうから、宜しく」 「う、うん」 ショーチャンはそそくさと教室から出て行った。 初めて西文昭二とまともに会話をし、やはり変わった奴だと感じたが、稔は正直安堵感を感じていた。予備校にやってきて周りは知らない奴ばかり。稔も不安を感じていたが、今日ようやく知合いに会えたのだ。しかも西文は稔の何倍も緊張しているようだった。そんな彼の姿に稔は少し安心できた。 ショーチャンが去ってから、まもなく試験監督が入ってきた。前の方から試験問題が配られていく。全員に紙が行渡ったかどうか確認すると、試験監督は開始を告げた。
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