予備校入学の受付に行った時、学生証と一緒にもらった初日の試験の受験票を持ち、稔はB塾に足を踏み入れた。B塾は街中にあり、周りはショッピングビルが立ち並び、少し歩けば大きな公園もある。無意識にその公園で授業をサボってダラダラしている自分を想像してしまい、いかんいかんと自分を律した。 受験票には中央新3−A−11と書いてある。B塾は四つ程校舎があり、それぞれ分かれている。受験票が示すのは、中央新校舎、三階A教室の11番の席ということだろう。既にまわりには浪人生がひしめいていた。 エレベータは既に満杯で使えそうもないので、稔は階段で三階へ上がった。A教室はすぐ見つけることができた。 教室内は想像より広かった。まず前面に広大な黒板が広がる。そして一台に十人位は座れそうな長机が三台黒板に向かって扇状に置かれ、それぞれ七、八列程続き、通路を挟んでまた列が後ろまで続く。高校や中学でありがちな音楽室を大きくしたような感じであった。机には席番号のシールが貼ってあり、既に多くの生徒がぎゅうぎゅう詰めで座っていた。この教室と同じ大きさの教室はこの階にももう一つあり、また違う階にもいくらかあるはずである。しかも校舎はここだけではないわけであり、それを考えると莫大な量の浪人生が集っていることになる。さすが大手予備校だなと稔は思った。同時に自分同様受験に失敗した人間がこれ程いるという事実に少し安堵した。 教室を見渡して、稔は妙な違和感を覚えた。おかしい……。何かが……。 「女だ……」 ここで重大な事実を発表しなければならない。稔の三年間通った高校は男子校だったのである。勿論高校生活で稔に彼女なんてものは存在しなかった。それどころか三年間女子と話す機会は皆無に等しかった。あったとしても文化祭の時にたまたま現れた地元の中学校の同級生の女子と顔を合わせたとき、少し挨拶したくらいである。元々女との付き合いに器用でない性格と、三年間異性と無縁の生活を強いられたせいで、稔の女性に対する免疫は「ジェイソン」に登場したケビン・ベーコンくらい弱々しいものであった。しかし女性への免疫は弱くとも、性欲は人並みにあった。むしろ人並み以上に持っていた。そのため、女子がいないという環境の中で、はちきれんばかりの性欲を処理するために、様々な努力を強いられるという複雑な青き時代を送っていたのである。その並々ならぬ努力はここでは差しさわりがあるので言うまい。とにかくウブな童貞の男子はその点については苦しんでいたということだ。 そんな中で、机に男女が入り混じって座っている目の前の光景に、稔は戸惑わずにはいられなかった。稔はもう一度自分の受験票を確認した。 「もしかしたら自分の席の両側は女かもしれない」 期待と不安が入り交じった心境で、稔は自分の席を探した。発見してすぐ稔は落胆した。稔の席は長机の丁度真ん中にあったが、左側の席は既に男が座っていた。右側はまだ空いていた。もしかしたら右側の席に女の子が来るかもしれない。そんな一縷の期待を胸に稔は席に着いた。周りを見回すと多くの生徒が参考書を読んでいる。 「春休み明け一発目のテストからそんなに一生懸命参考書読んで、キチガイじゃなかろーか」 稔は思ったが、話し相手も無く暇なので、英単語長を読むことにした。しかしながら、目は単語帳の字に向かず、周囲の女の子の方ばかりに向かってしまう。 お、あの子は顔立ちがいいな。あの子は胸が大きいけど顔がイマイチ、四点。あの娘は美人系だけど気が強そうだ、八点。などと心の中でつぶやいていると、右側の席に人が来たので突如稔の心拍数は増大した。はからずも稔は「ノッティングヒルの恋人」でヒュー・グラントがわざとらしくもジュリア・ロバーツの服にジュースをこぼしたシーンを連想した。 席に人が座ったので、稔は首の左側を掻くフリをしながら顔を右に向け、隣の人物の顔を確認した。 男だった。稔はその男に罪はないのは重々承知の上でその男を呪った。呪われてしまえ。 そのとき、逆側の左側の席から声がした。 「あれ、稔君?」
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