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作品名:足踏み 作者:蕗屋 久志

第1回   通知
稔がテレビの前に座り、映画を観始めてからもう一時間が経とうとしていた。
 時間は午後四時。映画の内容はおきまりのホラーだ。
 今日は稔が受けたK大学の合格発表の日である。K大はネットで発表を行うことをせず、大学での掲示か、郵便によって受験者たちに合否を通知する。稔は宮城県在住で、K大は県外の大学なので、合否の通知の郵便が来るのを家で待っていたのであった。
 郵便は大体午後一時から二時には着くと聞いていた。そのため、ただ待っているのも精神的につらいので、大好きな映画でも観て待つか、ということで午後から映画を観ていたのだった。しかし、借りてきた映画ももう二本目に突入し、午後四時をまわろうというのに、いっこうに通知が届く気配はなかった。
 それにしても、今日のような日にドロドロのホラー映画を借りてきたのは失敗であった。普段、稔はホラー映画のスリルが好きで頻繁に観るのだが、今日の場合は映画のスリルと、いつ合否の通知が届くかも知れぬという、二重のスリルによって稔は苦しめられるはめになってしまったのだ。家の外の道路をバイクが通る音がすれば、郵便配達人の登場かと思われ、心臓の鼓動は高まった。また、単なるセールスマンが鳴らすベルの音も稔を怯えさせた。
「ずいぶんと遅いのねえ」
 痺れを切らし、台所の母もつぶやいた。
 あまりに遅いので、最寄りの郵便局へ電話を入れようとした時であった。バイクの音が家の前で止まり、やや後にベルが鳴った。
「高田さん。速達です」
 やっとご到着だ。
 稔は郵便を受け取り、郵便配達人が去ったのを確認すると、おもむろに封を切った。心臓音の高さは最高潮に達し、頭の中は真っ白であった。ただ早く中身を確認したかった。
 母は台所から出てこなかったが、母の緊張間も空気を伝わってくるのが感じられた。
 中には一枚の紙切れが入っていた。
 『以下の番号の者は、○月○日に地図に示された場所へ行き、入学手続きを行うこと。1、5、13、20……』
 稔は紙面に目を這わせ、必死に自分の受験番号を探した。しかし、どこにも自分の番号は見出せなかった。念のため裏返してみたが、裏は白紙であった。そしてもう一度、表を確認した。やはり、無い。念のためもう一度裏返してみた。やはり白紙である。
この作業を三回ほど行い、遂に稔は悟った。
 落ちたのだ。
 後ろを振り向くと、全てを悟った母が立っていた。
「さんざん待って、この結果か……」
はからずも稔はつぶやいていた。
やはり名門のK大。そうやすやすと入れてはくれぬのか。少なからず合格を予期していた自分自身がとても滑稽に感じられた。
 この瞬間、19歳である稔の一年間の浪人が決定したのであった。


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