「オーリ様、ちゃんと開封なさらないと」 子供をたしなめるような口調でマーシャがペーパーナイフを渡した。 「わかってるけどね、マーシャ……ああほら、やっぱりだ」 手紙を開封した途端、薄青い光があふれ、紙のように薄い映像が立ち上がる。それは彫像のような魔女の姿をしていたが、あまりの威圧感にステファンはひと目ですくみあがってしまった。 魔女は重々しい口調でオーリに何かを告げると、じろりと周囲を一瞥して消えた。間髪を入れずオーリは封筒を閉じ、できるだけ小さく折りたたんでホーッと息をついた。 「今の何? なんて言ってたの? あたしのこと睨んでたけど」 「ああエレイン、失礼。伯母の虚像伝言だ。しゃべってたのは一族の母国語だよ。来月大叔父の誕生祝いをするから必ず出席しろってさ――予想はしてたけど、気が滅入る」 「行ってらっしゃればればいいじゃありませんか。去年のように仮病はいけませんよ、後でわたくしが叱られます」 「くだらない、どうせ年寄り連中が移民時代や戦争中の苦労話を披露するだけさ。で、伯母たちにつかまったら最後、早く身を固めろだの、もっと魔法使いとして名を上げろだのうるさく説教されどおしだ。誰だって逃げたくもなるよ」 「……いいじゃない、一族がまだ生き残ってるんなら」 ぽつりとつぶやいたエレインの声に、オーリはハッとして顔を上げた。 「そうだな、ああ後で考えよう、こんな話は。 それよりエレイン、どう? 久しぶりに一緒に散歩しないか?」 「結構よ。散歩なら好きな時にひとりで行けるもの」 エレインはプイと外に出てしまった。 「まずかった!」 オーリは手紙の束をステファンの手に押し付けると、急いでエレインの後を追った。
結局、昼を過ぎても二人が帰らないので、ステファンはマーシャと昼食を食べ、午後からは台所を手伝うはめになった。 「エレイン様もいろいろとお辛いんですよ。いつもは明るく振舞っていらっしゃいますけどね、明日は新月ですから……どうしても思い出してしまうんでしょうねえ」 マーシャは焼き菓子用の生地をこねながらため息をついた。ステファンはその横で、粘土細工でもするように生地を丸めている。 「新月だと、なにが辛いの?」 「ご存知なかったんですか。エレイン様は竜人でいらっしゃいますから、もともと竜人由来の魔力というものがございます。ちょうど坊ちゃんがここにいらっしゃったのは満月の頃でしたから、一番力が満ちて、輝いておいででした。あれから二週間、新月の日は月の光も、竜人の魔力も失せてしまいます。オーリ様がどんなに魔力を贈ろうとしてもこればかりは……エレイン様のご一族の最後も、ちょうど今頃でしたねえ」 袖口で眼鏡をずり上げるマーシャを見ながら、涙がお菓子に入らなきゃいいけど、とステファンは心配した。 「先生が前に言っていた、竜人の中でも特に変わってる一族のこと? 最後って?」 「わたくしの口からは申し上げられませんよ。オーリ様がたしか、竜人伝説の絵物語を描いていらっしゃいましたから、いつか読ませてもらいなさいまし」 竜や竜人のたどった道は、いずれ魔法使いもたどる道、オーリはそう言っていた。だとすれば、オーリの一族もいつかは……ステファンはぶるぶるっと寒気がした。 「でも、坊ちゃんがうちに来てくださって、本当にようございました」 マーシャは型抜きした生地を並べながら微笑んだ。 「どうして?」 「家の中が本当に明るくなりましたもの。なんだかこのマーシャまで力をいただいたようで。ステファン坊ちゃん、なんという魔法を持っていらっしゃったんです?」
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