いつも自分は強運の持ち主だと思っていた。周りの誰よりもラッキーで幸せだ、と。だから周りの友人が次々と結婚してゆくのが不思議でたまらなかった。どうしてみんな私より先に幸せを掴んでゆくのだろうか。
「沙希、来てくれてありがとう」
ウエディングドレスを着た涼香が満面の笑みで迎えてくれた。真っ白なシルクのドレスは、背中に大きなリボンがあしらわれている。涼香の細いウエストの上でレースがひらひらと舞う。新婦の控室には、家族と友人で溢れかえっている。きれいねー、素敵ねー、という声が飛び交う。
「本当におめでとう」
私も満面の笑みで返す。偽りの笑顔であることを悟られないか、と冷や冷やしながら。
涼香は大学時代の親友だ。あの頃はいつも一緒にいた。双子みたい、と言われるほど好きなものも考えることも似ていた。例えば二人ともエスニック料理が好きで、フランス映画をこよなく愛していた。お揃いで買ったアクセサリーは数えきれず、色違いで買ったワンピースを着て買い物へ出かけた。一緒にいるのが当たり前だったから、涼香から「斎藤さんから告白された」と言われた時は衝撃だった。足元の地面が崩れ落ちていくように思えた。大切な親友は今日、その斎藤さんと結婚する。
「スピーチも引き受けてくれてありがとう」
「どういたしまして。だいたい私がやらなくて、誰がスピーチするのよ」
「それもそうよね。なんたって私たち2人を引き合わせてくれた人だもんね」
「そうじゃなくて。あんたの一番の親友だからでしょ」
涼香が嬉しそうに笑う。
斎藤さんは私と同じ学部の3つ上の先輩で、涼香に告白した時は大学院生だった。鋭い目と彫の深い顔立ちが印象的で、学部の女の子からは結構人気があった。講義のあとに尋ねた教授の部屋で斎藤さんに出会った。彼の研究内容に興味があった私が「お茶でも」と誘ったのが全てのきっかけだった。カフェテリアでイギリスの古典文学の話を聞いていた時、私を探しに来た涼香が現れた。どうやらこの時すでに斎藤さんの恋は始まっていたらしい。メールアドレスを交換して別れた翌日、涼香の携帯が鳴った。よかったら一緒に食事でも、というメッセージに最初、涼香は戸惑っていた。
「昨日会っただけで、何も知らない人だし」
気乗りしない様子の彼女の背中を押したのは私だ。食事くらいいいじゃない、と言った時すでに嫌な予感はしていた。斎藤さんはきっと涼香に気があるのだ、と分かっていた。そんなことあるわけないでしょう、と笑って否定していたけれど、きっと彼女も気付いていた。
「めいっぱいお洒落して行きなさいね」
そう言ったものの、心の中では上手くいかないことを切に祈った。どうか涼香が斎藤さんを好きになりませんように、と。
当時、涼香には気になっている人がいた。バイト先のレストランで働く同い年の青年で、シミズと呼んでいたけれど本名だったかどうかは覚えていない。『Mr. and Mrs.スミス』という映画のタイトルを何故かスミスではなくシミズだと思い込んでいたところから、シミズというあだ名が付いたらしい。お笑い芸人を目指す彼は、店のムードメーカーだった。シミズはいつも笑顔で明るくておもしろかった。彼ならきっと涼香のいい恋人になる、そう思った。
初めてのデートで、斎藤さんは涼香をスペイン料理の店へ連れて行った。真っ赤な壁にトルコ・ランプが飾られ、薄暗い店内にはギターの音色が響く。数種類のタパスとサングリアとともに二人の会話は盛り上がった。涼香いわく、斎藤さんは静かな印象とは裏腹にユーモアがあって楽しい人らしかった。夕食の後は斎藤さんがよく行くカフェで2人してコーヒーを飲んだ。斎藤さんはブラックで、涼香は少しのミルクと砂糖を2杯かき混ぜて。そして次のデートの約束をした。
それ以来、涼香の口からシミズの名が消え、代わりに斎藤さんの話ばかりになった。
「斎藤さんって昔、アメリカに住んでいたらしいの」
「斎藤さんの料理がすごくおいしくて、びっくりしちゃった」
「斎藤さんってああ見えて怖い話がダメなのよ」
それまではほとんどしなかった料理を彼女がするようになったのは、斎藤さんがきっかけだった。「下手だから」と私には一度も作ってくれなかったけれど。
斎藤さんから英行という呼び名に変わった時、涼香は本当にあの男を愛しているのだと確信した。そして斎藤英行という男がいよいよ許せなくなった。
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