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作品名:Endless White――白き魔女の物語 作者:鈴一

第2回   2.白き守護者
濃い目に入れたコーヒーが、半分眠っていた頭をたたき起こす。
「ボルタール、今日の予定」
声はまだ寝起きのまま、ラキは言う。は、という短い返答の後、手帳のページをめくる乾いた音。
「――今日はクラバ邸で午後からパーティーの予定です」
事務的な口調でボルタールは言う。
「あぁ、あの爺さんね。――面倒くさい。いくら引退して暇だからって・・・」
ラキはぶつぶつと文句を言うと、ハムエッグにフォークを突き立てた。
ラキの家、グラキエス家は代々続く貴族だ。
父と母の亡き後、こういった貴族同士の付き合いはラキがしている。
好むと、好まざるに関わらず。
「薄紫色のドレスをクローゼットから出しておいて。後、ヒダマリ草の香りの香水も。」
「かしこまりました。」
一息、言いにくそうにボルタールは告げる。
「――それと、仕事の連絡が入っておりますが・・・」
またか、とラキはため息。
「こっちから受けた仕事以外は基本的に行きたくないんだけど」
「私もそうですが・・・」
「こないだ一仕事やったばかりじゃない。力ってのは無限じゃないのよ?いざと言う時使えなかったら困るじゃない」
「では・・・」
ラキは、もうひとつため息をつく。
「嫌な事は重なるものね。断りはしないわ、貴族の誇りにかけて。――マスターに言っとかないとね、急な任務はもう受けないって」
「かしこまりました」
言いつつ、手帳を閉じる。
「では、早速仕度を・・・」
「あぁ、待って」
言おうとしたボルタールを、右手で制する。
「はい?」
「どんな仕事でもいいけど、今日はあなたが先行してね。パーティー前に怪我なんてしたくないから」
「私がですか?」
ボルタールは露骨に嫌な顔をする。
「荒っぽいことは苦手なのです、がっ!?」
言い終わらないうちに、ティーカップが額にヒットする。
床に落ちたそれは、しかし割れない。
ラキは満足そうな笑みを浮かべる。
「さすが竜骨でできたカップは違うわね。投げても砕けないんだから」
ボルタールは半目で、
「私の頭は砕けても?・・・わかりました。わかりましたからフォークだけはやめて下さい」
ラキは投擲姿勢を解除すると、にっこりと微笑み、言った。
「――じゃあ行くわよ。洗濯と、皿洗いと、風呂掃除が終わったらね」


「久しぶりね、町に下りるの」
言いつつラキはくるりと回る。限りなく透明に近い色の髪が動きに合わせて大きく揺れる。丈の長いスカートが風でふくらむ。
――もう少し短いスカートを用意すればよかったかな。と、ボルタールは本気で考えた。
「今変な事考えなかった?」
「いいえ別に」
怪訝な声の問いに、ボルタールは即答し、意識して速足になる。
「早くしましょう。仕事は待ってはくれませんよ」
二人は町への道を急いだ。
ラキとボルタールの住む町は、広々とした平地のど真ん中にある。
交通の要所として知られるそこには、自然と貿易を生業とする貴族が集まってきた。
行きかう商人が昼夜を問わず町の中央通りにいるため、いつでも人通りが絶えることはない。
しばらく進むと一際開けた場所に出た。町の中央、レイスト広場だ。
この町の初代町長の名前をそのまま冠したこの広場は、いつも大道芸やら怪しげな出店やらで異様な盛り上がり方をしている。
「ここも久しぶりね。相変わらずにぎやかな場所だわ」
「そうですね。――ほら、見てください。格闘技の出し物ですかね?」
「・・・出てみれば分かるんじゃない?割れたビンで腹突かれて終わりだと思うけどね。
――全く昼間から何してんのかしら」
「止めますか?」
ボルタールは軽く腕を回す。
「いいわよ別に。けんかなんて勝手にやらしときゃいいの。――周りに迷惑かけない限りはね。ほら、行くよ、早く終わらせましょ」
二人はさらに奥へと進む。広場の東、木製の古い造りの店がひしめき合う場所。
二人はその中の一件の店の前で足を止める。
錆びた看板、割れた電球、ドアが開きっぱなしになっていることだけが唯一ここがまだ営業中であることを告げている。輸入動物を専門に取り扱うペットショップだ。
「あらあら、ずいぶんと素敵なお店ね」
「――本音ですか?顔があからさまに引きつってますが・・・」
「そうとでも思ってないとこんな店に入れないのよ。さ、行くよ」
言いつつラキは前に進む。
店に入ると、ペットショップ特有の濃い獣臭が鼻を突く。雑に並べられたケージ、えさを求めて鳴く獣の声、ラキは思わず顔をしかめる。
「いらっしゃい」
店長らしき男が声をかけてくる。顔には妙な笑みを浮かべ、揉み手をしていないのが不思議なくらいの卑屈な雰囲気だった。
「(――嫌な感じ。生理的に)」
そんなことを思っていると、男が椅子から降りてきた。身長はラキより低いのに、顔は倍近くある。
「うちのはみんなちょっと他では見られない動物ばかりですよ。」
男は笑みをさらに強くする。
「どれになさいますか?」
「――そうね、ここにいる動物全部頂こうかしら」
男の眉が警戒するようにピクリと動く。
「全部ですか?」
「そう、全部。いけない?」
「いけないと言うわけではありませんが・・・失礼ですがお金のほうは?」
「払う必要ないわ。――引き取るって言ってんの」
「何?」
男の顔が醜くゆがむ。――怒った顔だと気づくのに数秒かかった。
「冗談は困りますね。いったい何の権利があって・・・」
みなまで言わせずボルタールは男の目の前に一枚の紙を突き出す。
「これは・・・」
「動物愛護法違反および輸入動物取り扱い法違反です。ミスタ・ゴレル――あなたに逮捕状が出ています」
男――ゴレルの顔がさっと青ざめる。
「ざっと見渡しただけでも輸出入が禁じられている動物が30種はいますね。ハコガタカメレオン、マルマーズアルマジロ、アリヅカエイプ・・・いやはや、お金もなくなるわけだ。
――ラキ様、フクロモモンガの皮を左右から引っ張るのはおやめください」
「これ全部撤収ね。あと店の営業権も剥奪。ボルタール、マスターに連絡」
「はい。――ラキ様、パグの顔のしわを伸ばそうとするのはいかがなものかと」
「――てめぇら、サツ(警察)か」
ゴレルはさっきとはうってかわってドスの効いた声で話に割り込む。
「残念だったな。俺は警察内部にも人脈がある。逮捕させないことだって・・・」
言う言葉に、ラキはくすりと笑う。
「警察?そんなものと一緒にしないで。私たちは守護者(ガーディアン)って言うの」
「守護者だと?」
ゴレルは眉をひそめる。
「そんなもん聞いたことねぇぞ」
「当然ですよ。聞いたことがあるのは関係者か――A級犯罪者くらいのものです」
ボルタールは眼鏡を上げる。
「簡単に言えば個人経営の警察みたいなもんね。警察じゃ対処しきれない事件。または警察が扱ったのでは問題がある事件を対処し、解決する。更には――」
ラキは得意げな表情になる。
「組織という枠にとらわれず、自由に捜査ができるの」
「そんな事・・・」
「権利よ。つまり、あんたが言うところの人脈は使えない。さ、おとなしくお縄につきなさいな」
ヒマラヤンのひげで遊びつつラキは言う。
「ふざけるな!」
ゴレルは叫んだ。
「こいつは俺のもんだ!散々苦労して・・・必死になって集めたんだ!誰にも渡さん!」
「――必死になるところを間違えたんですよ、ミスタ。大丈夫。5〜6年で刑期は終わるはずです。そうしたら今度はまじめに・・・」
「うるさい!」
言うなり、ゴレルは指を鳴らす。と、後ろのドアから一匹の獣が出てきた。
ボルタールは目を見張る。
「こいつは・・・」
そこにいたのは一匹のキメラだった。ベースはライオン、しかしその背中からは一対の蝙蝠のような羽が生え前足が機械に変えられている。
「――どうやらこいつがA級の原因みたいね。ただのけちなペットショップがA級事件に絡むなんておかしいと思ったのよ」
ラキはため息をつく。
「どうだ?驚いただろう。こいつは人工キメラだ。頭にチップが埋め込まれててな、そいつを通せば俺の言うことは何でも聞く」
一息、ゴレルはラキをにらみつける。
「殺れ」
言葉を合図に、はラキに向かって飛びかかってきた。


ラキは自分に向かってくるキメラの目を見た。
――悲しい目、何かに怯えている様な・・・
変わってしまった自分自身に対する怯えか。
あんな奴の命令を聞かなくてはならない憤りか。
感情が直に伝わってくる。
助けられたがっている。
いっそ殺せと、目が訴えてくる。
なら、願いを叶えよう。
生きているうちは叶えられない願いを。
「――ボルタール」
短く己の従者を呼ぶ。それだけで彼には伝わる。
「・・・御意」
一瞬のためらい。
しかし、それでいい。
殺すことをためらわなくなったら終わりだ。
ラキは心の中で微笑む。
優しいまま。
殺すことに疑問を持ったまま。
あなたにはずっとそのままでいてほしい・・・。
ラキはそっと目を閉じた。

ボルタールは己の主人を見る。
――辛いだろうなぁ。
心がわずかに痛む。
あなたは優しすぎる。
自分を襲うもののために涙を流すくらいに。
――あなたが敵のために涙を流すなら、
私はその回数を少しでも減らすために、
いくらでも汚れよう。
いくらでも・・・。
ボルタールは腰のバトルナイフを引き抜いた。


ボルタールはラキの前に回る。
身を低くし、バトルナイフを逆手に構えると、足で地面を打つようにして前に跳ぶ。
方向は正面、キメラとの激突コース。しかし、かまわず加速する。
残りの距離30センチ。もう牙が目の前に見える。生臭い息遣いさえ感じる。コンマ以下3桁の時間単位で距離が縮まる。ぶつかる。その瞬間、ボルタールは反時計回りで身を回す。逆手に構えたナイフをキメラの背に突き立てる。合成獣の勢いは止まらず、その加速力が斬撃にプラスされ、背が一直線に裂かれる。激痛と慣性で加速を制御しきれず、キメラは雑然と並べられたケージに背中から激突する。
「馬鹿な・・・」
ゴレルがつぶやく。
舞う血飛沫。しかし、ボルタールはそれをかわそうともしない。なおキメラは立ち上がろうとする。まるで、少しでも早い死を求めるかのように。
――なら、せめて楽に逝かせてあげましょう。
ボルタールはもう一度バトルナイフを構えなおす。息を吸い込むと、一気に踏み込み、ナイフを振り抜く。居合いの要領。その一閃は、キメラの首を骨が砕けるような鈍い音とともに切り飛ばした。
宙に飛んだそれが地面に落ちる音が、戦闘の終結を告げた。
「次はあなたの番ですよ」
は笑わずに言う。
「――馬鹿な・・・竜骨を移植してあるんだぞ・・・」
数十秒の後、やっとのことでゴレルはそれだけつぶやき、じりりと後じさる。
「選びなさい。首をはねられて死ぬか、心臓を突かれて死ぬか。もっとも―――彼を殺したときほどうまくやれる自信はありませんが」
言いつつナイフを構えなおす。
「――いいのか、警察がそんなこと言って」
ゴレルはかすれた声で言った。
ボルタールは表情を崩さず答える。
「いいんですよ。言ったでしょ?我々は警察じゃない。自分の理念だけで動くことができるんですよ」
「おとなしく捕まってりゃよかったのに。そうすれば・・・私たちを怒らせることはなかった。」
言いつつラキはキメラのほうに歩み寄り、そっとその目を閉じてやった。
「だ・・・だまれ!」
ゴレルはレジ裏から何かを取り出す。長い、黒光りする銃身――散弾銃だ。
ボルタールは軽く舌打ちする。――私一人ならどうにでもなるのですが・・・。
後ろを振り返る。そこには無数のケージと、罪無き動物たちがいる。当たったりしたら・・・。
「形勢逆転だな」
ゴレルは引きつった笑みを浮かべる。
「いいか、俺はこれから逃げる。追ってくるんじゃあないぞ」
言いつつドアににじり寄る。勝ち誇った顔。ノブに手をかけると、一気に飛び出そうとした。が、開かない。
「な・・・」
見るとドアが氷漬けになっていた。
「逃げるなんて卑怯じゃない?あの子は逃げることができなかったんだよ――自分自身からでさえ」
振り返ると、ラキが冷たい表情で見下ろしてくる。
その顔に向かって銃口を向ける。が、その右手もすでに凍っていた。
「これは・・・」
「驚いた?私の家は代々氷を操る魔法使い(ウィッチ)の家系なの。ほかの誰よりも強力な、ね」
ゴレルは目を見開く。
「まさか・・・伝説魔法(レジェンド・マジック)・・・」

魔法には大きく分けて6つの種類がある。
一番簡単で、魔力があれば誰でも使える『通常魔法(コモン・マジック)』。通常(コモン・)魔法(マジック)に『火(フレア)』や『水(アクエス)』などの属性を付加した『属性魔法(エレメンタル・マジック)』。属性(エレメンタル)を二つ以上複合させた『複合魔法(コネクト・マジック)』。遺跡などから偶然発見される古代魔具(エンシェント・アイテム)を使うことで発動できる『古代魔法(エンシェント・マジック)』。使い方が文献にも残っておらず、名前のみしか伝わっていないが、使ったものにはその凶気性故、災いが降りかかるといわれている『禁忌魔法(ディス・マジック)』。そして『伝説魔法(レジェンド・マジック)』。これは使用者の血を引く一族しか使えないため、使える者は少ない。が、その威力は絶大で、使い方によってはほかのどの魔法をもしのぐ威力を発揮する。
魔法の、最も理想的な形の一つと言われている。

「あら、知ってたの?――じゃあ刃向かうのが無駄なことくらいわかるわね?」
ラキは冷たい笑いを浮かべる。
「――くそぉ!」
ゴレルが最後の抵抗とばかりに突進してくる。が、ラキは落ち着いてそれをかわす。
短く呪文(スペル)を唱えると、顔を除くゴレルのすべての部分が凍った。
重さに耐えられなくなったゴレルは、そのまま地面に転がる。
「あ・・・あぁ・・・」
氷の冷たさと恐怖で、既に声は出ない。
「――情けない。別に命取ったわけじゃ無いのに。あの子にはもっと酷い事したんでしょ?」
言いつつラキは合成キメラの死体のほうを見る。その顔は、心なしか安らいで見えた。
「おとなしく罪を償え。――そして、二度と私の前に現れるな」
そう言うラキの表情は氷よりも冷たかった。


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