「金曜の朝」
病室前のバス停に 貼られた時刻表を覗き込み
金曜日には帰れるんだよ お母さんが来てくれるんだよ
取ってあげたイチゴのへたを おはな、と言って微笑うのさ
「退院の前夜」
一週間で痩せ細ってしまったひと 仕事に帰るのがこわいひと おとななのにみんなから嫌われてるひと こどもが好きなひと、きらいなひと お見舞いがたくさんくるひと、こないひと
本物の酔っ払い 看護婦さんに渡してくれとたのまれた ラブレターってやつ 夫が浮気したと勘ぐって 喧嘩して帰った奥さん 関節技を教えてくれた自衛隊員 競馬新聞 おばけ(らしきもの)
足をなくした年下の子 やさしいけどさびしげなおばさん そのひとに近づかないほうがいいというおじさん 顔の半分に大きなこぶが出来たお姉さん 喋れば嘘ばかり言いふらしてるおばあさん 生まれたばかりの赤ちゃんは ちゃんと指がうごいてた 余命1年の禿げたおじいさんは 毎日とってもおしゃれだった
ビルから落ちたって死なない気がしてたくせに ほんとはいのちなんてベッド脇の電球くらい とっても簡単なんだって分かって そしたらもう間に合わない中学受験なんか どうでもよくて
退院の前夜には 窓際どうしで仲良しだった 杉本さんがこっそりカーテンを全部開けてくれて 窓の向こうの高速道路の灯りをいっしょに眺めた それから隠しもっていたらしい梅酒を 洗面用のコップにいれてくれた 「十二歳に勧めないでよ。教師のくせに」 でもうれしかった
「いいじゃねえか。けち」 ふたりで乾杯した
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