「静かな部屋」
青空にうだり
静かな部屋は なにを見ている
「ふたりのおにいさん」
11歳のクラス替えしたばかりの あたらしい教室に馴染めないまま
盲腸で一週間の入院をすることになって その年の桜は病室というところで 眺めることになったのだけれど ぼくは退院してからもしばらく その病室に入り浸ってばかりだった
戻ってこなくてもよかったのに
あたらしくクラスメイトになった女の子の ほんの軽い冗談に それほど傷ついたわけでもない
それより大人ばかりの世界で みんなから可愛がってもらえることで 親と教師をほんのすこし騙し 塾の成績や受験から逃げ込める場所を 見つけたつもりになっていただけなんだろうけど
その病室には 特に仲良くて大好きだった ふたりの、二十歳くらいのお兄さんがいて 市川さんは話がおもしろくて いつも漫画雑誌を読んでいて 堀井さんはよく彼女さんがお見舞いに来ていて 別れ際、カーテン越しによくキスをしていた
退院してからも病院に入り浸っているぼくを 堀井さんがようやく諭すようになった頃
同じ時期に退院していた市川さんが 外来に来てるよ、と看護婦さんが教えてくれて ぼくは一階の待合室まで嬉しそうに会いに行ったのだ ふたりでしばらく話したあと 堀井くんはまだいるの?と市川さんが訊いた まだいるよ。会わないの?
いや、いいや。と言われてしまったので ぼくは慌てて、じゃあなにか伝えようか?と付け足した そして市川さんの伝言を4階の病棟まで はしゃいで伝えに行き 堀井さんからも伝言をもらって1階まで走った 市川さんはなんだかニヤニヤとしてまた伝言を伝え ぼくは走り、それを3回ほど繰り返した
ぼくは遊んでるつもりだった どんなことをふたりに伝えたのかは忘れたけれど 最後の伝言ははっきりとおぼえてる 「彼女をこっちまでよこしてこいよ」ってさ。
堀井さんはそれを聞くとベッドから起き上がり まだ良くないはずなのに急ぎ足で1階まで降りた そして市川さんの胸ぐらをつかみあげて 「ふざけんな、このやろう!」と怒鳴ったのだ あたりがシンとした なにが起こったのかなんて分からなかった 自分がなにを伝えてしまったのか
市川さんはなにも言えず抵抗もせず そのままイスに投げられ 堀井さんはぼくのことなど見もせずに 病室へ戻っていった
かたまってしまった市川さんに 近くにいたおばさんが「大丈夫ですか?」と聞くと ようやく市川さんは取り繕うように苦笑いをうかべ そして 「嫌ですよね、冗談、冗談なのに 子どもの冗談だってんですよ…」と言ったのだ
市川さんもそのあとぼくを見ることなく ぼくは堀井さんのベッドに置いておいた マンガ本を取りに戻ることもなく そのまま病院の玄関を出て
それから二度と行かなかった 学校にはそれからしばらくして戻り そのあと、この出来事は今日ここに書くまで 誰にも話さなかった
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