20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:世界で一番きれいな花の種 作者:安賀宇久雄

第7回   7
 大股で、かつかなりの急ぎ足で王様は大広間に姿を現した。その歩みには怒りが満ちあふれており、右手には装飾の限りを極めた大振りの剣ががっしりと握られていた。
 魔女がおめおめとこの王宮に足を踏み入れたとなると、王様はいても立ってもいられなかったのである。その魔力によって一瞬のうちにトカゲかコウモリかに姿を変えられるかも知れない、あるいは命を奪われることになるかも知れないといった畏れも、消え入りそうなカエル姫−いいやそれは誰が言おうと姫そのものだった−の命を何としても守ろうとする王様の決意の前に一瞬の躊躇も抱かせることは出来なかった。差し違えてでも魔女の息の根を止めねばならぬ。何としてでも一太刀くらわせねば。王様は激しい動悸と共にわき上がる憤りを隠しもせず、広間に魔女の姿を見届けると何も言わずに剣を鞘から抜き去った。
「お待ちを!」
 王様のただならぬ殺気を感じ取った賢者が立ち上がり、魔女の前に立ちはだかった。
「ええい、どけい!」
今まで誰もが聞いたことのない声量で、王様は言った。その目は瞬きもせず魔女を見据えてはなさなかった。
「どきません! 王様、この者は救世主ですぞ!」微塵もたじろぐ様子なく、賢者は言った。
「救世主だと? 馬鹿を言え! こいつこそが諸悪の根元、厄災の源ではないか!」
「かつては―」賢者は声を張り上げた。
「かつては確かにそうでした。この者は魔女であり、悪行を重ねておりました!しかし」
「かつて? かつてといったか賢者よ、今まさにわしの姫が、無様なカエルに姿を変えられたわしの姫が、息も絶え絶えにのたうっておると言うに! どけ! さもなくばお前もろとも切り捨てるぞ!」
「王様!」
 王様にからみつくようにすがる賢者を、王様は自らも驚くほどの怪力でふりほどいた。賢者は床に投げ出され、袂からこぼれ落ちた水晶玉が乾いた音を立てて広間の隅まで転がった。
「私は斬られることを厭いませぬ」
 それまでじっと顔を伏せていた魔女が、凛として顔を上げ、剣を振りかざした王様に向かって諦念したように口を開いた。
 瞬間、王様はその視線に凍りついた。
 魔女の瞳に何とも言えぬ輝きを見て取ったのである。それはあまりに澄みきっていて、敵意も懇願も憎悪も宿らせてはいなかった。むしろその輝きは哀しみや慈しみにも似た感情のようなものを宿していた。
「王様、どうか私を斬って捨ててください。しかし、もしお許しいただけるのなら、その前に一度だけ私に雨乞いをさせてくださいませ」
 なお凍りついている王様に向かって、魔女は抑揚のない声で言った。
「雨乞い? この晴天はもともとお前の仕業ではないか」
 王様はようやくそう言うと、自らを奮い立たせるように振り上げた剣を握り直した。
「この晴天は断じて魔女のせいではございません。これは魔女も私も遠く及ばぬ天界の意志によるものです」
 ようやく立ち上がった賢者が、とりなすように言った。
「間違いございません」
「……」
「しかしながら、この者はその天界の意志に逆らい雨雲を呼び寄せる術を会得しております」
 ようやく落ち着きを取り戻した賢者はなおも続けた。
「どうかその剣を納めて、私の話を聞いてはいただけませぬか」
 硬直していた王様は、賢者の言葉に促されると、まるで操られるようにゆっくりと剣先を下ろした。しかしながらなお、その視線は魔女から逸らされてはいなかった。ただ、それは魔女を睨むというよりむしろ、魔女の瞳に魅入られているという方が正しかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 171