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作品名:世界で一番きれいな花の種 作者:安賀宇久雄

第6回   6
 さて。
 王様の植えた花の種は順調に葉を広げ、日増しに太陽に向かって伸びていった。人々がこぞって植えた花々も、それぞれが芽吹き、王様の花と競うように成長していった。
 人々は相変わらずその身分も境遇も越えて笑いあい、語らいあい、助けあった。まだ花は咲いていなかったが、広場はすでに一面青々とした畑に変わっていた。
 もはや農作業は王様にとって苦痛でも珍しいものでもなくなっていた。王様はそれをむしろ愉しみ、花の成長を無邪気に喜んだ。
 しかし、そんな王様にも、そうして人々にも、ささやかな危惧があった。
 このところ雨が降らない日が続いていたのである。
「今日も太陽が高い」
 王様は空を見上げて言った。
 確かに太陽は高く、空はどこまでも青く、雲一つさえ浮かんではいなかった。そんな日がもう一月あまりも続こうとしていた。
「もうそろそろ一雨きてくれねば」
 そんな王様の言葉をあざ笑うかのように、太陽はなお高く輝き続けた。次の日もその次の日も変わることなく、照り続けた。
 やがて、川の水さえ枯れ始めた。大地は湿り気を失い、所々ひび割れさえ見られるようになった。
 王様をはじめとして、国中に焦りと困惑、そうして何より不安の輪が広がっていった。人々は顔を合わせるとまず空を見上げ、溜息混じりにどちらともなく自嘲気味に呟くことが常となった。
「やれやれ、今日もいいお天気で……」
 そのころになると、怪しげな呪術師が幾人も王様の前に現れるようになった。彼らは高額な報酬ともっともらしい祭壇を要求し、様々なまじないや祈祷やお祈りを行った。
 しかし、呪術者の懸命な―少なくとも彼らはそのように振る舞った―雨乞いの甲斐もなく、雨は一滴も降らなかった。それどころか小さな雨雲一つわき上がることはなかった。それでもなお、彼らは悪びれることなく更なる報酬を要求した。
「この晴天は私たちも経験のないほど強力な力によってもたらされておるものです。その力をうち破り、雨雲を引き寄せるためには、私たちも経験のないくらい強力な祈りを捧げねばなりませんからな」
王様は言われるまま彼らに相当な報酬を支払い、祈りを続けさせた。
雨は降らなかった。
青々としていた花の芽たちは日に日に生気を失い、葉の先が哀れに茶色く変色を始め、弾力をもって風に揺れていたその茎は、今やげんなりとたよりなくうなだれるばかりだった。
人々は自分たちがのどを潤す水さえも惜しんで、花に与えた。
しかし、その程度の水分は溶けるように大地に吸収され、あるいはかすめ取るように熱気に吸い上げられ、もとより花々の根を湿らすことは出来なかった。
「魔女の仕業ですな」
 いよいよ立場の怪しくなった呪術者たちは、王様の前に進み出るといかにも悔しいというそぶりで言った。
「これほどまでに我々の祈りが通じないとなると、これはもはや魔女の仕業としか考えられません。魔女が我々の祈りを片っ端からはじき返しておるのでしょう」
「なんと……。おのれ魔女め、どこまでわしを憎み苦しめるつもりか」
 王様はイライラと爪を噛み、恨めしげに空を見上げると、
「賢者は? 賢者であればこの呪いを解く術を知ってはおるまいか。賢者はいったいどこじゃ」とすがるように呟いた。
 実のところ王様はかねてから賢者に力を借りようと、幾度となく使者を使わしていた。あるいは自ら賢者の家に出向き、呼びかけてみたことも一度や二度ではなかった。しかし、賢者はこのところ常に不在で、その姿を見たものは誰ひとりいなかったのである。
 なお祈りを続けよと呪術者たちに厳命した後、王様は別室に下がり、カエル姫−いつの頃からか人々は親愛の情を込めてカエルになった姫をこう呼んだ−と物言う青カエルの入れられている金の鉢の傍らに力無く腰を下ろした。
 カエル姫の肌を常に湿らせていたぬめぬめとした光沢は、その輝きを失いつつあった。このところの日照りで、カエル姫にさえ充分な水分を与えることが困難になっていたためである。カエル姫の動作は、日を追う毎に緩慢なものになってきていた。体力を温存するためか日がなじっと目を閉じ、うずくまって動かないことも珍しくはなかった。
「姫、苦労をかける。ふがいない父じゃ。おびただしい黄金も財宝も、結局のところ水一滴の値打ちもない。もとより魔女の力を吹き飛ばす力もない」
 王様の言葉に、何か言いたげにカエル姫は喉をひくつかせた。
 物言うはずの青カエルも、ちらと王様に視線を移したきり再び目を閉じて動かなかった。
「わしの涙で、お前の肌を潤せるだろうか? このいたらぬ父、無力な父の涙で、せめて一日でも生きながらえておくれ」
 そういうと、王様はたまらず嗚咽を漏らし始めた。涙が一滴、頬を伝った。王様はその涙が髭に隠れてしまう前にそっと指先で拭い取ると、懸命にカエル姫に振りかけようとした。そこにはかつての気丈で、高慢で、威厳に満ちた王の姿はすでになかった。ただ、ひとりの父親としての精一杯の愛情、あるいは純粋に娘を生かしたいという情念だけがあった。傍目から見れば無様としか言いようのない熱心さで、王様は幾度も幾度も頬を拭い、一心不乱にその行為を続けた。
「王様! 賢者が参内いたしました!」
 家臣の弾むような声が響き渡り、王様は背中から射抜かれたように背筋を伸ばして振り返った。
王様は慌ただしく扉に駆け寄ると、思い直したように二三度涙を拭ってからゆっくりと扉を開けた。
「賢者が現れたと!」
「はい。大広間でお待ちです。ただ……」
 家臣はそこで少し言い澱んだ。
「ただ、何じゃ」
「はい、賢者は……」
 家臣は少しうろたえたように言葉を切り、やがて小さなしかし厳しい声でこう告げた。
「賢者は魔女を伴っております」


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