「この者たちが南の門を叩いたというのか」 王様は目の前に進み出た少年とカエルを交互に見ながら、疑わしげにつぶやいた。 「私は王様の探しておられるものを持っております」 カエルが一歩進み出て、臆面もなく言い放った。 「その小さな体のどこに、わしの求めておるものを持っておるというのだ? わしが求めておるものが何であるかを、お前は確かに知っておるのか?」 「世界で一番きれいな花、でございましょう」 カエルが答えた。 「お姫様を人間の姿に戻すために、探しておられる」 王様の顔がさっと青ざめた。少年はえっ! と叫びそうになってあわてて口を押さえた。 「な、なぜそのことを知っておるのだ」 「なぜですって? なるほどこれは失礼いたしました。なぜならば、私もまた、魔女ののろいによってこんな姿にされてしまったからですよ。私の場合、魔女の呪いが幾分弱かったのかこうして話をすることができますがね」 「それは本当の話か?」 「もちろんですとも。どうしてわざわざこんな嘘をつかなくてはいけないので? 私に褒美なんぞ何の意味もないことくらいこの姿を見ればお分かりでしょう? いったいなんだってカエルが金貨なんぞをほしがるものですか」 「うーむ確かに。しかしなんとも不思議な話もあるものだ」 「信じる信じないは王様のご勝手ですがね、まあ、まずこれをご覧になってから」 カエルはそういうと、グエッグエッと鳴いて何かを床に吐き出した。 「ん、これは何じゃ?」 王様が言った。 「これは種です。魔女の館からこっそりと一粒だけ飲み込んで逃げてきたのです。この種こそが、世界で一番美しい花の種です」 「種だと?」 「そうです。世界で一番美しい花の種です」 「この種から、世界で一番美しい花が咲くというのか?」 「そうですとも。魔女はこう言っていました。姫にかけた呪いなど解けるはずがない、何しろ世界で一番美しい花はこの種からしか咲かないのだからと」 王様はカエルの言葉を聞くと足を鳴らして大いに怒った。 「何という奴だ。では魔女めは到底手に入らないものをわしに要求しておったのか」 「でも王様、その到底手に入らないと思われたものが、今こうして目の前にあるじゃありませんか」 カエルはそういうと、喉を鳴らしてケロッと飛び跳ねた。 「おお、そうであるな。よし、こうなれば何としてもこの種から見事大輪の花を咲かせねばならん。よし、おいそこの少年、お前は土いじりを生業とする者か?」 王様が少年に目を向けた。 「はい。私は父とともに麦を育てております」 「ちょうどよい。ならば土の扱いにも慣れておろう。そなたにこの種を預けるゆえ早々に花を咲かせて持ってまいれ」 「私が育てるのでございますか?」 「そうじゃ。なに、褒美は思いのままじゃ。もちろんどんな高価な道具も肥料も存分に与えてもよい。ただし、種は一粒しかないことを忘れるな。もし万一この種を枯らしたときはお前の胴体はお前の頭を探してさまようことになるときつく心に刻んでおけ」 少年は王様の言葉を聞くと、ぶるぶると震えて後ずさった。 「それはなりません」 カエルが王様の前にぴょんと進み出て言った。 「大事なことを忘れておりました。魔女がこの種に向かって言っていたことを」 「ん、何と申しておったのか」 王様が問いただすと、カエルは不思議な節をつけて歌いだした。
種よよく聞け よく聞け種よ お前に土をかけるのも 王がやらねば芽を出すな 百年たっても芽を出すな 種よよく聞け よく聞け種よ お前に水を注ぐのも 王がやらねば花咲くな 百年たっても花咲くな
「なんといまいましい! 魔女の奴は種にまで呪いをかけておるのか」 王様は種を手のひらに乗せ、恨めしげにつぶやいた。 少年は大役から逃れられたことをひそかに喜びながら、王様に言った。 「王様が自らその種を育てようとされるのであれば、きっと国中の人間が我先にと王様のために手を貸すことでしょう。みな何としてもお姫様の歌声をもう一度聞きたいと心から願っているのですから。どうでしょう、この種は街の広場の真ん中に植えられては。国中のみな誰もがその成長を見届けられるように」 「おおっ! それがいい! それがいい!」 カエルは幾度も飛び跳ねて賛成した。 「うむむ、わしが育てるのか。どうしてもそうせねばならぬのか。わしは生まれてこの方土いじりなどしたこともない。金貨や財宝の扱いには慣れておるが、こういったものの扱いは皆目見当もつかぬ」 「だからこそです! だからこそ国中の人々に助けを求めるのです。大変に失礼ながら王様、王様のご家来には誰一人としてどうすれば花を咲かせることができるのかわかる方はいやしないのではございませんか?」 少年の話を聞いていた家来たちは互いに顔を見合わせ、その言葉に内心激しく腹を立てながらも、面と向かって異を唱えるものは誰一人いなかった。少年の言うとおり、どのようにして種が芽を出し、花を咲かせるのか誰も見当もつかなかったのだ。 少年の言葉を聞き終わった王様は、うつむいている家臣たちを一通り見渡してから 「おぬしの言うことももっともじゃ。よし、こうなればわし自らの手で何としてもこの種から見事花を咲かせてみせようではないか」 王様はそういうと、家臣の一人に向き直った。 「新たに高札を掲げよ。姫がカエルであることを皆に知らせるのだ。そうして姫を救うにはわし自らがこの種を育てねばならぬこと、そのためには国民皆の力と知恵が必要であるということを広く伝えるのじゃ」
早速新たな高札が掲げられ、国中の人々は王様がなぜ世界で一番美しい花を捜し求めていたのか、その本当の理由を知るところとなった。 「何とかわいそうな姫様!」 国中の人々は異口同音に姫への同情を口にした。人々は道端のカエルを見ると涙を流し、魔女に対する考え付く限りの恨みの言葉を天に向かって吐き出した。 悲しみが一巡すると、人々の関心は次第に王様に対して向けられるようになった。 「ところで王様が自ら種を植え、育てるとのことだな」 市場のあちこちでささやくような会話が交わされた。 「王様に花など育てることができるのだろうか」 「万一失敗して、花を枯らしでもしたらどうなるんだ」 「考えたくもないが、どうやら種は一粒しかないという話だからな」 「そうだ。だから何としても俺たちが王様をお助けせねばならん。姫様の呪いを解くために、わしらの知恵と経験をお役にたてねば」 農夫たちはそういうと、おうっと叫んで、がっちりとお互いの手を取り誓い合った。 「わしは王様のために飛び切りの鍬を作ろう。」 傍らで聞いていた鍛冶屋が、農夫たちの手に分厚い手を重ねた。 「私はウサギがこの大事な花の芽を食いちぎらぬように、昼夜を問わずに見張ることにするぞ」 猟師が猟銃を高々と掲げて輪に加わった。 街中、国中の人々が自分自身にできる限りの協力を誓い合った。それぞれの人々に皆、役割があった。 いよいよ国中の期待と不安と祈りとを全身に浴びながら、王様が広場に姿を現した。 「皆の者」 王様は厳しく緊張した面持ちで、詰め掛けた国民に向けてゆっくりと口を開いた。 「どうかこのわしに、皆の力を貸してほしい」 王様は生まれて初めて、深々と頭を下げた。 「王様! 王様!」 人々は口々に叫びながら、拳を天に突き上げた。 「どうか私たちにお任せください! そうですとも、我々がついておりますから!」 王様はそのうねりのような歓声を聞きながら、ゆっくりと頭を上げた。その表情は晴れやかで、自信に満ちあふれているように見えた。 「早速じゃが、まず何から始めたらよいのか」 王様が言った。 「まず柵を作らねばなりません!」 ひとりの木こりが王様の言葉に応えた。 「私が昨日、山より丈夫な木を切り出してまいりました。その木でどんな風にも雨にも負けぬ頑丈な杭を作っておきましたので、どうかお使いください!」 木こりは馬車一杯の杭を王様に差し出した。 「柵はどのようにして作るのか? この杭を地面に突きたれればよいのか?」 目の前に積まれた杭を手に取りながら、王様は言った。 「そうでございます。一本一本地面に打ちたてていくのでございます」 群衆の中からひとりの大工が進み出た。 「どうかこの大木槌をお使いください。大工仲間で精魂を込めて作った、何よりも頑丈な木槌でございます。どのように硬く踏みしめられた大地にでも、この木槌で杭を打ち込めばやすやすと突き立てることが出来ます」 「おお、これはありがたい。これが木槌というものか。わしははじめて目にしたぞ」 王様は目の前に差し出された大木槌を手に取ろうとして、そのあまりの重さによろめいた。 「なんと、これはたいそう重いな。おぬしらは毎日このようなものを振り下ろし振り下ろしして仕事をしておるのか」 王様はそういいながら幾度も大木槌を持ち上げようとし、ついには大きな尻餅をついてその場に倒れ込んだ。 「これはわしの力では何ともしようがないぞ」 王様は今にも泣きそうな表情で呻くように言った。 王様を見つめていた群衆から、どっと溜息まじりのどよめきがわき上がった。 「ご心配には及びません!」 溜息をかき分けるようにして、小さくやせ細った男が王様の前に進み出た。 「どうかこの薬をお飲みになってください。私は薬屋です。特別に調合したこの薬は、体中の力を幾倍にも増やすことが出来ます。一粒飲めば一抱えもある大岩でも軽々と持ち上げられます! 最後の一粒ですが、喜んで王様に献上させていただきます!」 「おお、これはありがたい」 王様はそういいながら薬を受け取ると、一気に飲み下した。 「何と不思議じゃ。体中がひどく熱いぞ。おお、体の奥底から力がみなぎってきたぞ」 王様は立ち上がり、あらためて大木槌を手にとった。 「何という事じゃ! あれほどまでに重かった大木槌がまるで小枝のようにやすやすと持ち上がるぞ!」 王様は驚きの声を上げながら、高々と大木槌を天に向かって掲げて見せた。 おおっというどよめきと歓声が人々の間だから沸き上がった。 「さあ、この杭をお使いください!」 木こりが差し出した杭を王様は地面に突き立て、その上に大木槌を振り下ろした。杭は一撃で地面にどっしりと突き刺さった。 「さあ、どんどんと杭を渡してくれ! 柵を作るのだ! 立派な柵を作るのだ!」 王様は高らかに声を上げた。 王様の体にみなぎった力は休むことなく、疲れることなく杭をうち続けた。見る間に杭は並べて打ち立てられ、日が沈みかけた頃には立派な柵ができあがった。 「見事でございます王様!」 誰もがその柵を見て歓声を上げた。 「さあ、明日はいよいよ世界で一番美しい花の種を植えようぞ! 皆の者、明日もわしにお前たちの力と知恵を貸してくれ」 王様はそう宣言すると、手のひらに出来たマメを見ながらどこか満足げにうなずいた。 「この手のひらの痛みを、なぜかわしはたまらなく心地よいものに感ずるぞ。何と不思議な感覚であろうな」
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