同じようなことが二度三度と繰り返された。 いかに巧妙に王様を騙そうとしても、どういうわけか王様は必ず嘘を見通し、厳しい罰を与えた。あるいはその前に魔女が寂しげに首を横に振って、花を受け取らないこともあった。 いずれにせよ世界で最も美しい花は見つからず、カエルに姿を変えた姫はいつまでも悲しげにゲコゲコ鳴き続けた。 そのうちに王様を騙して褒美を受け取ろうとする者も現れなくなった。それはすなわち、誰ひとりとして王様の前に進み出る者がいなくなったことを意味した。 月日ばかりが過ぎた。 王様は世界で一番美しい花のために高札を掲げ続けた。 王様の顔は少しやつれてしまったように見えた。やがて民衆の中から、最近お姫様の歌声が聞こえてこないという話題が聞こえ始めた。 王様は世界で一番美しい花を求める高札に、こう書き加えさせた。 「我が娘で、国民の光である姫は、重病のため、起きあがることも、声を発することも、笑うこともできないでいる。この病を癒すためには世界で一番美しい花が必要である」 人々はみな心から姫の病状を気にもんで、悲しみ、嘆き、祈った。彼らにはそうすることしかできなかった。世界で美しい花がどのような物であるのかわからない彼らには、祈ることの他に何もできなかった。人々は姫のために泣き、自らの非力のために怒った。
街のはずれの、森と街の重なり合っているところに住む賢者が王様の前に進み出たのは、姫の身を案じて嘆き悲しむ声が国中を包み込んで三日後のことだった。 「まだ、花は見つからないと見えますな」賢者は言った。 「おお、そなたか。いかにもじゃ。見つかってはおらん」 王様は玉座に頬杖をついたまま生気なく言った。 「お聞きください、国中が民衆の嘆き悲しむ声で包まれております。太陽をも覆い隠す勢いです」 「聞こえておる。連日連夜山びこのように、民衆の声がわしのところにも届く。その声を聞いておると、わしも姫の歌声が恋しくなってきてな。透き通った姫の歌声がもう一度ききたくなってきてな。でも叶わぬ夢じゃ。わしの財力で得られたものは褒美狙いの嘘つきどもばかりじゃ。そうしてたった一輪の花さえ求めることは出来ぬ」 王様は深い深いため息をついた。 「しかし不思議なものだな。わしは今こうして頬杖をつきながら、姫のことを恋しく思う。姫の笑顔、姫の歌声、姫のふるまい、そのすべてが懐かしい。そうして目を転ずれば、傍らにカエルがおる。思えばこのカエルも間違いなく姫じゃ。我が最愛の娘じゃ。わしは姫の歌声を恋しく思う反面、この頃このカエルも愛おしいと思えるようになってきた。このカエルが姫であると思えば、ぎらついた肌のぬめりも、しわがれた声も、どこかしら姫の高貴さと慈愛を残しておるようにも思えてきた。わしはこのところ民たちの嘆き悲しむ声を聞きながら、せめてこのカエルが以前の人間であった頃の姫のように歌ってくれさえしたら、わしに語りかけてくれさえしたら、それだけで良いような気が時折してくる。それだけでこのカエルを受け入れ、我が娘として愛することが出来る、そんな気がするのじゃ。これはどういうわけであろうな」 「王様は姫様の見た目の美しさの遙か先に、何かを見いだそうとされておられるのでしょう」 賢者は穏やかに言った。 「そうかもしれぬし、そうではないのかもしれぬ。もしかしたら、わしは諦めかけておるのかも知れぬ。あるいは自らの心を偽ろうとしておるのかも知れぬ」 王様はそういうと、力無く笑った。 「世界で一番美しい花など、本当にこの世の中にあるのだろうか。賢者よ、お前のその水晶玉で今一度見てはもらえぬか、この通りじゃ」 王様はそういうと玉座から立ち上がり、深々と頭を下げた。 「わかりました。今一度覗いてみることにいたしましょう」 賢者は懐から水晶玉を取り出し、幾度も袂で丁寧にふき取ると、じっと息を殺して視線を注いだ。 「むむむ」 「何か見えるか? どんな花かわかるのか?」 「今しばらく、お待ちください」 賢者は水晶から目を離さずに、押し殺すような声で王様に言った。 「赤い屋根が見えます。とんがって、これは門のようですな。門番が立っております」 「この城の屋根はみな赤色じゃ。むろん門もな」 「門番の一人は、大変に背が高く、もう一人は大変に太っております」 「それなら南門ではございますまいか。南門の門番は大変に背が高い者と太った者でございます」 傍らで聞いていた家臣の一人が声を上げた。 「なるほどそれならばそうでございましょう」 賢者は答えながらもなお、水晶から目を離さないでいた。 「南門を叩く者がおります。緑色の、そう、全身緑色の服を着た者のようでございます。どうやらこの者が吉報をもたらすであろうと、水晶玉は教えております」 「どのような吉報じゃ、何が見えるのじゃ」 王様が身を乗り出して問い詰めた。 「畏れながら王様、私の力ではここまででございます。しかし、近いうちに南門に緑色の服を着た者が現れることは間違いございません。その者を待ちましょう。もうそのほかに方法はございません」 賢者はすっかり疲れ果てた様子で、肩で息をしながらそう答えるのが精一杯だった。 王様はすぐに南門の門番に賢者の言葉を伝え、緑色の服を着た者が現れたらすぐに大広間に通すようにと何度も念押しをした。 また幾日かが過ぎ去った。 ある日、南門を叩く者があった。門番はちいさな小窓をあけ、誰かと尋ねた。 「王様にお伝えしたいことがございます」 声の主は少年で、その声はひどくおびえた様子だった。 「どのようなことじゃ」 背の高い門番が問いかけた。 「世界で一番美しい花の話でございます」 傍らの太った門番が背の高い門番の横腹をつついて言った。 「おい、そいつの服は緑色か?」 背の高い門番は少年の頭からつま先まで2度ゆっくりと眺めてから言った。 「いいや、服から靴まで茶色だ」 「茶色だと? ならば偽者だ」 太った門番が吐き捨てるように言った。 「王様は偉大な賢者の予言を信じてある者を待っておられる。それはお前ではないようだ。だからお前を通すわけにはいかぬし、お前の言葉を王様に伝えることもならぬ」 背の高い門番が、小窓越しに言った。 「はあ、でも」 少年は困ったという表情で、うなだれた。 「ええい、早々に立ち去れ」 「いいえ、差し支えなければ王様が待っておられる者というのはどのような者でございましょうか? 教えてはいただけませんか?」 「しつこいやつだ。緑色の服を着た者だ。全身緑色の服を着た者がこの門に現れるのを王様はお待ちになっておられるのだ」 門番の言葉を聞いた少年の表情が見る見る明るくなっていくのがわかった。 「ああ、なんということでしょう。ならばそれは私に間違いございません。その緑色の者というのはきっと私の、いいや、私が連れてきた者に間違いございません」 少年はそう言うと、懐から一匹のカエルを取り出して門番に差し出した。 「これはカエルではないか! 馬鹿にするのもいい加減にしたらどうだ。あんまり無礼なことを言っておるとただでは済まぬぞ」 背の高い門番が腹を立てた。 「どれどれ、ちょっと代わってくれ」 太った門番が背の高い男に代わって小窓から顔を出した。 「なるほど全身緑色のカエルだ」 「そうでございます。実は今日市場の帰りに、道端でこのカエルに声をかけられたのでございます。自分を王様のところに連れて行ってほしいと」 「なに? カエルがそう言ったのか」 「ええ、確かに言いました。自分の足では到底お城までたどり着けない。その前に干からびてしまう。もしお城にたどり着いたとしても、門の中に入ることもできぬと。でもなんとしても自分は城に行かなければならないというのです。なんでも世界で一番美しい花を知っているのは自分のほかにはいないと言って」 太った門番はじっと少年の顔を見つめた。 「お前、王様をだまそうとした者がどんな目にあったかは知っているな」 「ええ、もちろんでございます。しかし私は神に誓って王様を騙そうなんてことは露ほども考えてはいません。私はカエルに言われるままここまでこうしてやってきただけなのです。この全身緑色のカエルに導かれるままに」 門番たちはどうしたものかといった表情で腕組みをして顔を見合わせた。 「ええい、まったく! この子供の言ってることはすっかりほんとだよ」 突然カエルが口を開いた。 「俺様は王様がほしがってるものを持っている。よく見るがいい、ほら、頭から足の先まで緑色だ。その賢者とやらの予言通りじゃないか。何でもいいからさっさと王様の前まで連れて行ってくれないかね」 「確かに緑色の者だ」 背の高い門番が言った。 「言われてみればこのカエルのいうとおりだ」 太った門番が言った。 「いいだろう。さあ、一緒に来るがいい。くれぐれも王様の前で粗相のないようにな」 背の高い門番が言い、カエルが返事をする代わりにゲロゲロッと喉を鳴らした。
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