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作品名:世界で一番きれいな花の種 作者:安賀宇久雄

第1回   1
 遠い遠い昔の話だ。
 童話とかおとぎ話で語られる時代といえばわかりやすいかも知れない。つまり、森の奥には魔女がいたし、沼の底には竜がいたし、騎士とか賢者の類がそいつらを退治しようと躍起になっていた時代。木々や風や動物たちが言葉を話すことのできた時代。赤いとんがり屋根のお城が白い石垣の上に建っていて、暇をもてあましたお姫様が呪いをかけられた若い王子様に出会う日を指折り数えていた時代の話だ。
 ある国の、あるお城に、ある王様がいた。よく物語なんかで語り伝えられているとおりの、でっぷりと太って、髭の先がピンと天に向かって跳ね上げられていて、頭には赤いビロードの生地に大きなダイヤモンドやルビーといった考えつく限りの宝石をあしらった王冠をかぶっている王様だ。白いタイツをはいていて、いつも腰からサーベルをぶら下げている。髪は巻き毛のブロンドだ。ためしに王様ってものを想像してみるといい、その思い描いた通りの王様でそれほど間違いはない。
「このわしに手に入れられない物などない」
 というのが、この王様の口癖だった。確かに王様の城は世界中から集められた財宝や宝物や美術品であふれかえっていた。そのどれもが一点の曇りもなく磨き上げられ、美しさを競っていた。月のない闇夜でも王様の城の中だけは宝物の放つ輝きで真昼のように明るいのだと、人々は噂をした。
「わしが所有しているからこそ、これらの宝物は本来の価値を存分に発揮しているというわけだ。つまり、わしほどに高尚で高貴で偉大な王であればこそ、これらの宝物はその輝きを増す。わし自身を照らし出す。結局のところ、わしこそがわしの所有するもっとも神々しい宝物と言っても、まあ、間違いじゃなかろうな」
 王様は髭をねじり、つんと突き立てながら臆面もなくそう言い放つのが常だった。
 さて、この王様にはご多分に漏れずにこころ優しく美しいお姫様がいたわけだが−これも頭の中の辞書をひいてみるといい「美しく優しいお姫様」って。出てきた姿、それでお姫様の様子はおそらくほぼ間違いない−ある時、彼女もこの時代に生きたお姫様達の宿命と言うべきか、あるいは戒めを必要とする父親をもってしまった故の運命と言うべきか、森の奥に住む嫉妬深くて陰湿で孤独な魔女の呪いによってカエルに姿を変えられてしまった。
 王様は悲しんだ。嘆き、うろたえ、混乱した。
「ええい! だれか、姫をもとの姿に戻す方法を知っている者はいないのか」王様は言った。
「街のはずれの、森と街の重なり合っているところに賢者が住んでいると聞きました」
家来のひとりが言った。
「その賢者の話なら、わたくしめも聞いたことがございます」
もうひとりの家来が言った。
「なんでも世界のあまねく物事を知っていて、不思議な水晶玉を通してあらゆる物事を見通すことができるとか」
「なるほどその者ならば姫を救い出す方法もきっと知っているに違いない」
王様は膝を打って立ち上がった。
「早速その賢者を連れて参れ」
「あいにくとその者は自分の家から一歩も出ないのだとの街の噂でございます」
「なんでも人嫌いとか」
「いやいや、わたくしめの聞いた話では昔、西方の遠い国を旅した際に竜に両足を食いちぎられたからだそうで」
「ここは王様自らが出向かれるのが何よりかと」
 家来達のやりとりを聞いていた王様は、突然腰のサーベルを抜き放つとそれを城の床に突き立てた。
「ええい、何でもよいから早く連れて参れ。褒美は思いのままだと言え。人嫌いはおっても金を嫌う者はおるまい。その者の家からこの城まで金貨を並べるがいい。足のない者でも金貨ほしさに這ってでもこの城までやってくるぞ!それでもなおわしのもとに現れぬと言うなら捕らえて引きずってでも連れてこい」
 家来の中でもっとも力の強い男が使いの者として送り出された。使いの者は腰から金貨のたっぷりはいった袋と頑丈な縄をぶらさげていた。
 夕方になって、城の門を叩く者があった。腰の曲がった、おいぼれた老人だった。門番が何者か尋ねると
「王様が私に用事があるのではありませんかな? ご丁寧にも出迎えの方をよこされたが、ほれこの通りに」
 老人は使いに出された屈強な男をまるで小石を投げるように城門の前に放り投げた。男は自分が腰からぶら下げていた頑丈な縄でぐるぐる巻きにされ、気を失っていた。
 結局三日三晩気を失ったままだったその男が、随分後になって親しい者に語って聞かせた話によると、賢者はまず見せられた金貨を鼻で笑い飛ばし、縄をもって襲いかかった男を指先一つでわけもなく縛り上げたとのことだった。そりゃあまるで一瞬の出来事だったな、よく覚えちゃいねえがとにかく蝉がしょんべんするくらいの間に起きたことだ―男は言った。
 さて、
 驚いた門番から、すぐに報告がなされた。
 城門はすぐに開かれ、賢者は王様の前に進み出た。
「使いの者の有り様を見ると、どうやら褒美の額に満足できなかったようじゃな」
 玉座から賢者を見下ろして、王様は言った。
「案ずることはない。姫さえ救い出してくれれば、いくらでも褒美はやる」
 賢者はうっすら笑って答えない。王様はかまわずに続けた。
「実はわしのかわいい姫が、森に住む魔女に呪いをかけられてしまった。カエルにされてしまったのだ。聞けばお前はこの国でもっとも聡明で世界のあまねく物事に詳しく、知恵のある者とのこと。お前ほどの者ならば、きっと姫にかけられた呪いを説く方法を知っているに違いない」
「おそれながら王様は姫様をもとの姿に戻されたいので?」
 賢者は聞いた。
「無論じゃ。わしほどに偉大な王の娘がカエルであっていいはずがない。わしほどに高貴な王のまわりにあのような醜い姿の生き物がいることなどあってはならぬ事だ。それが我が娘であるなどとはなおさら許されぬ事だ。やわらかで、艶やかで、白く透き通っていた娘の肌は今やぬめぬめと気味悪く粘ついておる。美しく、軽やかで、安らぎに満ちた歌声を聞かせた娘の喉は、今やゲコゲコと薄気味悪く啼くばかりじゃ。このようなことがあってよいはずはない」
「なるほど、それはご心痛の極みでしょうな」
 賢者は悲しげに口元をゆがめて、小さくうなずいた。
「どうだ、お前にはわかるのであろう?どのようにすれば姫をもとの姿に戻せるのかを、わしほどの偉大な王にふさわしい、可憐で繊細で聡明な姫の姿を取り戻せるかを」
 賢者はいびつに曲がった大きな杖を持ち、腰まで伸びた白い髭をなでさすりながら、水晶の球を取り出した。
「答えはこの水晶の球が教えてくれましょう」
 賢者はそういうとしばらく押し黙って、水晶の球を凝視した。
「なにやら薄ぼんやりと、見えてまいりました」
「おお、見えるのか、どうじゃ、何が見える」
「花のようですな」
「花?」
「いかにも。花が必要です。しかしただの花ではない、世界で一番美しい花です。その花を魔女に渡せば、引き替えに呪いは解かれるであろうと水晶は教えています」
「世界で一番美しい花とはどんな花だ?」
「そこまでは水晶も教えてくれません」
「そなたは世界中の物事を知り尽くしているのだろう? そなたであればそれがどういう花であるのかを知っているのではないのか? 何もただとは言わぬ。なにしろわしには金がある。褒美は望みのままだ。おそらくお前が想像できる限りの金貨をわしに要求しても、それはわしにとってはパン屑のかけらほどの額でしかあるまい」
「お言葉ですが王様……」
 賢者は水晶から王様に視線をうつし、悲しげな眼差しでいった。
「この世の中には様々な花が咲き乱れております。それぞれに皆、美しく、それぞれに皆、甲乙つけがたい魅力にあふれております。どれが一番美しいかと聞かれてもそれは人それぞれ、これがそうであると決めつけることなどできないのです」
「ではどうしろというのか? 答えがわかっていながら、答えはないというのか?」
「いいえ、答えはきっとあるのです。しかし王様、残念ながら私にはわかりません。私が知っている物事などは、おそらくこの世界のほんの一部分にすぎないのです。たとえば、この世の中のすべての本を読むことは不可能です。あるものは十冊の本を読み、あるものは百冊の本を読みます。百冊の本を読んだ者は、十冊しか本を読んでいない者を、物を知らない奴だと笑うかも知れません。しかし、この世の中の膨大な本の数に比べれば十冊も百冊もさほどの違いがあるわけではないのです。さらに言うなら百冊の本の中に、物を知らないと罵られた者が読んだ十冊が含まれていないのなら、百冊の本を読んだと胸を張る者もまた、物を知らないとも言えるわけです」
「何が言いたいのだ」
「つまり、広く知恵を募ることです。この世の中には知識があふれています。それを持ち寄れば、答えが見つかるかも知れません。私にわかるのはここまでです」
「そこまでだと? ええい、役立たずめが。噂の賢者とやらがどれほどのものかと思えば、水晶球を覗き込んで花が必要だがどんな花かはわからぬとぬかしおる。もうよい、ほれ、これをもってさっさと寝床にかえるがよい」
 王様は傍らの袋から金貨を一掴みすると、賢者の足下にばらまいた。
「恐れながら王様、王様はカエルの姿になったお姫様に父として愛情を注ぐ気にはなれませぬか?」
 賢者は足下の金貨に目もくれず、王様に言った。
「ふん、ばかばかしい。カエルにどんな愛情を注げるというのか」
「カエルではなく、カエルの姿をした姫にです」
「姫であろうが何であろうがカエルはカエルじゃ。何を語ってもゲロゲログエグエとしか言わないではないか。あんな醜い姿のままならなんで娘と認められようか。わしは娘がカエルになったという噂が国中に広まって笑い者になる前に、なんとしても娘を元の姿に戻さねばならん。わしの名誉と威厳を守るためなら金に糸目は付けぬ」
 賢者は王様の言葉を聞き終わると、もう何も言わなかった。表情一つ変えなかった。
 賢者が去った後の床に残された、散らばった金貨が、宝物の放つ輝きをうけてきらきらと光っていた。王様は深く玉座に身を沈めてしばらくその金貨をながめていたが、やがて思い立ったように立ち上がると、城中に響き渡るような大声で叫んだ。
「誰か、誰かおらぬか!城門の前に高札を掲げよ!世界でもっとも美しい花を持ってきた者には褒美を取らすとな!」
 翌朝、城門の前に掲げられた高札の話は、その日の夕方までには国中の人々の知るところとなり、格好の話の種としてあらゆる場所で人々の話題に上ることとなった。
「世界で一番きれいな花ってのはどんな花なんだろうね」
 あるところで肉屋の主人が口を開けば
「俺の家の裏に咲いてる花なんか赤くて割とかわいいが、世界一かと言われるとなあ」
 と客が答えた。
「ほら、あんたの家の隣の婆さん、花が好きで家の中と言わず外と言わず花だらけじゃないか、あの婆さんなら世界で一番きれいな花が何だか知ってるんじゃないかね」
 別の場所で鍛冶屋が話しかけると
「それそれ、俺も婆さんに聞いてみたのさ、すると婆さん、花のきれいに一番も何もあるものかいって言うんだな、まあそりゃあそうだって具合で、こっちもそれ以上は聞けなかったんだが」
 猟師が頭をかきながら答えた。
 街の中心にある花屋は冗談と本気の入り交じった問い合わせ客への対応で大わらわとなった。
「ですから、ええ、そりゃあ色とりどりの花をそろえちゃいますがね、世界一の花をくれとおっしゃられてもこちらとしても何とも言い様がないんです。お好みの色とか、花の形とか、香りとか、それぞれに違いますでしょう? 大きい花とかいい香りの花とかそういったお話なら、まだいくらかでもこれではございませんかとお話もできますが、一番きれいな花となると、こちらが聞きたいくらいなんで」
 花屋の主人は同じ台詞を幾度も繰り返さなければならなかった。
 それでも褒美目当てで城を訪れる者がいるにはいた。
「畏れながら王様、わたくしめが持参いたしましたるこの花こそが世界で一番美しい花かと存じますれば」
 ある男はそういって七色に輝く一輪の花を差し出した。
「おお」
 家臣たちから感嘆と驚嘆を併せたようなどよめきが漏れた。
 王様も身を乗り出して、その花を見つめた。
「ご覧くださいませ、花びら一枚一枚が違う色に彩られておりまする。このような花は世界中どこを捜しましても見つかるものではございませぬ」
 うやうやしく頭を下げながら男は言った。同時に胸の奥で舌を出した。どうやらこれはうまくいくかも知れない。道ばたに生えていたただの花を引き抜いて、花びら一枚一枚に染料を塗りつけたに過ぎないこの花を、王様や家臣連中はただただ感心して見つめているばかりだ。さっさとこの花を王様に買い取らせて、染料が溶け出すまでにはるか遠い国まで逃げ延びればそれで万事がうまくいく。
「いかがでしょうか?」
 急く気持ちを顔に表さぬよう気遣いながら男は言った。
「この花は一晩の命でございます。迷っておられる間にも枯れてしまうかも知れませぬ」
「なるほどこれは珍しい花である」
 王様は自慢の髭をなでさすりながら立ち上がった。
「お前の言うとおり、まさにこの花こそが世界で一番美しい花であるかも知れぬ」
「間違いございませぬ」
「よかろう。桶一杯、いや二杯分の金貨で買い取る事にしよう」
 桶二杯分の金貨! 男は頭の奥がくらくらし、口元がだらしなく緩むのを懸命に抑えなければならなかった。それと同時に欲がでた。男は感情と裏腹にいかにも悲しそうに眉間にしわを寄せて見せた。
「畏れ多くも王様、桶二配分とは心外でございます。この花は世界でたった一輪の、最も美しい花でございます。わたくしめはおふれが出た後に王様のことを一心に思いながら山中を歩き回り、竜に追い回され、獣と格闘し、岸壁を滑り落ち、ようやくこの花を見つけたのでございます。それを桶二杯分の金貨とは。王様ほど偉大な方からそれっぽっちの褒美しかいただけないとはどういうことでございましょう」
「うむ、お前の言うことももっともじゃ。わしほどの王が桶二杯分の金貨などでこの花を手に入れたとすれば、それは国中の笑いものになりかねぬ。わかった。では樽二杯分の金貨と言うことでどうじゃ」
「ああ、それでこそ世界一の王様でございます。世界一美しい花を持つにふさわしい、王様の中の王様でございます!」
 男は満面の笑みで王様を仰ぎ見た。王様は家臣に向かってこう告げた。
「早速樽二杯分の金貨を用意せよ。山盛りにしてな!」
 そうして男に向き直ると、ゆっくりと口を開いた。
「さて、お前にはもう一仕事してもらわなければならぬ」
「何でございましょう」
 男は樽二杯分の金貨を手にした喜びで震えながら言った。
「この花を、山懐深くに住む魔女に届けてもらいたい」
「魔女にですって?」
「そうじゃ。その間にわしの家臣どもが金貨の入った樽を運ぶ馬車と馬を用意しておく。嫌とは言わせぬ。お前は山中を這い回り、山道を充分に熟知しておるようだ。今すぐ行け! そうしてこの花の枯れぬ間に魔女に届けて参れ」
「わかりました。早速出発いたしましょう」
 男は勇ましく立ち上がった。魔女に花を届けるつもりなどはじめから無かった。どこか適当なところで花を投げ捨て、無事に届けましたと報告してから金貨を積んだ馬車もろとも一目散に逃げ出せばよい話だ。
 男は七色の花を小脇に抱えて駆けだしていった。
 日が沈み、また昇った。その太陽が西に傾きかけた頃、泥だらけになった男が再び王様の前に姿を現した。男は勝ち誇ったような表情で王様の前に進み出た。
「王様、ただいま戻りました。仰せの通り、魔女に花を届けてまいりました」
「それは確かか」
「ええ、間違いございませぬ。魔女も驚き、これこそが世界で一番美しい花だと申しておりました」
「そうか、では魔女は間違いなくお前が持っていった花を受け取り、この花こそが世界で一番美しい花と認めたのだな」
「そうでございますとも。ところで馬車はどちらに?樽二杯分の金貨は間違いなくいただけるのでしょう?」
 王様は髭をなで、家臣のひとりに視線を移した。
 家臣はゆっくりと大広間の隣の小部屋に姿を消し、すぐに戻ると小さく首を横に振った。そうしてその後を追うように、小部屋の向こうからゲロゲロッという声が漏れ聞こえてきた。
 王様は表情一つかえずに、男に向き直った。
「よし。東の門に行き、褒美を受け取るがよい。たっぷりとな」
 男は満面の笑みで王様に礼を言うと、すぐさま大広間から駆けだした。
 東の門には4頭立ての立派な馬車と荷車が用意されていた。荷車の上には樽が二つくくりつけられていて、屈強な体つきの兵士たちがそのまわりで整列していた。
「王様が東の門に行けとおっしゃいました。馬車と金貨を受け取るようにと」
「王様がそうおっしゃられたのか、東の門に行けと」
 兵士のひとりが口を開いた。
「ええ、確かに東の門へ行けとおっしゃいましたとも」
 そのとたん、整列していた兵士たちが「わっ」と歓声を上げて男をぐるりと幾重にも取り囲んだ。
「この大うそつきめ! おまえは王様を騙したな!」
 突然の出来事に男は腰を抜かしてその場にへたりこんだ。
「お前が持ってきた花は世界一美しい花ではない!」
「あ? あ? あ?」
 男はわけも分からぬままに兵士たちに持ち上げられると、馬車の上の樽の中に放りこまれた。樽の中には残飯やら糞尿やらがなみなみと詰まっており、男はその中で手足をじたばたさせてのたうちまわった。
「あ、あ、どういうことでございます? 王様は確かに、うわっぷ、褒美を取らせると、うわわっぷ、褒美をとらせると!」
「それがお前への褒美だ! ありがたく受け取った後、どこへでも立ち去れ!」
 兵士のひとりが馬の尻に鞭を入れた。馬たちは激しくいななき、東の門から一斉に駆けだしていった。


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