幾つもの拳が絡み合い、ほどけ、再度絡みあう。 しかし、その先端は必ず相手には届かない。 紙一重の攻防が続く。 ゴーストはこの時、記憶を遡っていた――。
――約束が違う。こんなの聞いていない。
ゴーストになる前、そう『フェイ』であった時の記憶。 そこは何かの研究室のような場所。 幾つもの試験管、カプセル型の保管室、そして目の前には薄暗い光の中 燦然(さんぜん)と輝く紅い瞳の男が立っていた。
「おや? 何が違うのですか? 言ったはずです、あなたの体を直してあげると、 しかし、それには研究中の「サンプル」を使わせていただくと……。 まぁ、副作用の方もちゃんと説明させていただきましたが?」 「こんな……のきいてナイ」
顔を片手で苦しそうに抑えながらフラフラと立っているのがやっとの状況のフェイ。 それを見た紅い目の男は驚いた様子。
「おや、まだ喋れますか? 意外ですね、あなたの体は既に脊椎の損傷を修復する為に 他の器官に多大な負荷をかけてしまいましてね。特に脳の神経回路に。 その為仕方なく生命維持装置を耳に付けさせていただきましたがね」 「俺を……ダマシタのか?」 「いえ、騙してませんよ。おかげであなたは立派な肉体を手に入れたじゃないですか。 研究中のサンプル『D(ディー)』によって。まぁ、それと引き換えに視力聴力などを 失ってしまいましたがね」 「ダマシタノか!」
そういってフェイは目の前の男に襲い掛かる。 だが、男はヒラリと軽やかにかわす。 フェイは避けられた勢いで地面に倒れこむ。
「やれやれ……もはや会話にもなりませんか。まぁ、声が聞こえないのでは しかたありませんね」
男は手探りであたりを調べるフェイを後ろから殴り気絶させる。
「まあ、責任はわたしにもありますからね。あなたの願いだけは叶えてさしあげましょう」
彼の言葉は当にフェイには聞こえない。 そして男はフェイの体を担いで何処かへと運んでいった。
◆◆◆
"――っ"
フェイは目を覚ます。 いや、目を覚ましたとはいっても彼の目に映るものは暗闇。 それでも彼は必死に自分をこんな体にした男を捜す。 だが、そこであることに気づく。 気配が違う。 先ほどまでいた所ではない、ここは別の場所だと。 そう感じさせたのはフェイの能力。 フェイは五感の内視力、聴力、味覚、嗅覚、触覚の中でも四つを失っている。 残ったのは『触角』のみ。 だが、この触覚が他をずば抜けてすごくなっていた。 大抵の人は目を瞑って物を触ればある程度の形は想像できる。 だが、フェイに至ってはそんな事をしなくても想像出来るようになっている。 彼は肌に感じる空気の流れで全てを知る事が出来るのだ。 例えば目の前に紙切れが飛んでいたとしても、どの距離で、どんな形なのかが 空気の流れで読み取る事が出来る程。 そして今正にそれを感じていた。 人の気配がいくつもある。そして町に流れる空気の流れでそこが何処なのか理解した。
"――帰ってきたのか? 俺は?"
そう、男はフェイを町へと帰していた。 帰したと言ってもその辺にごみのように放り出しただけであるが。 フェイは故郷の町を彷徨う。 そして最後に行き着く先は約束の場所。 以前と変わらぬ熱気、いや以前にも増しているとも思えるほど。 否が応にも嬉しくなる。約束が果たせるのだから。 だが、ここで思わぬ事態になる。 声が出せない、耳も聞こえない自分には参加する事が出来ないからだ。 となれば仕方なく飛び入り参加するしかない。 だが、自分の目的は決勝戦のみ。 その決勝戦がフェイには分からなかった。 戸惑う彼は何日もの間闘技場に居座り続けた。 そして、ある考えに至る。 それは決勝が終わった後、必ずトロフィーをもらうため最後に一人 リングに立っている。 そう、彼は優勝者と戦う事に決めたのだ。 そして今まで彼は優勝者を次々とこの手に殺めてきた。 だが――。
"こいつが、カミュだったのか?"
彼は自問自答する。 相手の顔が見えない為に確認するすべは無い。 あまりに歯ごたえの無い戦い。 きっとこいつは違う。カミュじゃない。とずっと言い聞かせる そしてそうなると結論は。
"そうだ。俺を倒せるのがカミュなんだ"
あまりに悲痛な極論。 こうしてフェイはただむさぼり続ける殺人鬼と化した。
◆◆
しかし、今日の戦いだけは違った。 彼は感じていた。自分と同じような者を。 ゆえに、決勝で当たるのはこいつだということも。 ならば雑魚に用は無い。 そして彼は手早く仕事を終えて、待ち望んだ舞台を整えた。 彼の思惑通り、相手は素晴らしい者だった。 久しぶりに味わう闘っているという気分。
"ああ――凄い、凄いぞこいつは"
飢えはすさまじい勢いで満たされた。 まるで天にも昇る気分が彼を覆い尽くす。 自然と口元が嬉しさのあまり歪む。
"間違いない。こいつだ。こいつこそ――"
彼は名前が思い出せなかった。 彼は戦いつくし、自分の存在意義さえも忘れていた。 だが、こいつこそ自分を解き放つ存在だと信じて敬なかった。 死闘は何時間と過ぎ、互いに疲労困憊。 そしてクサナギが渾身の一撃にかける事をフェイは感じ取った。 フェイもそれに応えるように構える。
「行くぞ、こいつで最後だゴースト!」
クサナギはゴーストの顔目がけて右の拳が放たれた。 それをゴーストは交差するように左の拳を放つ。 威力では段違いでゴーストが有利。 例え相手の拳がカウンターでもらったとしても死に至るようなものではない。 せいぜい鼻の骨が折れたりが関の山と踏んでいたからだ。 だが、クサナギの思惑は違った。 クサナギは初めから当てる気などなかった。 交差すると同時に彼はゴーストの拳を避ける。 そして元より当てる気の無かった拳はゴーストの頭をそのままつかみ、投げ飛ばした。 地面に倒れるゴーストにすかさずクサナギはゴーストの首に腕を回した。 ゴーストの力を考えれば躊躇っている暇は無い。
「許せよ、仕方ないんだ」
聞こえるはずの無いゴーストにそうポツリと呟くクサナギ。 そしてゴーストは何故か笑みをこぼした後。
「――」
そして闘技場に、終わりを告げる音が鳴り響いた。
◆◆◆
こうして長い間行われていた舞台は幕を閉じた。 クサナギはアイリーンの車に乗り込み、眠りについていた。
「はい、じゃあこれ弾薬と、パスポートね」 「ありがとうございます、サラさん」 「ありがとう……サラ」 「良いのよ、がんばったのはナギなんだから。それじゃあ、また何処かで 会いましょう」
バイバイと手を振り、サラは大型のバイクに乗り込み颯爽と何処かへと 去っていった。 パスポートと弾薬を受け取ったアイリーンとユイは車に乗り込み、 関所を抜けてアクアレイクへと向かう。 そして道を走っている途中。
「なぁ、アイちゃん」 「ん? 何よクサナギ?」 「アイツ……あれで良かったと思うか?」
何時ものクサナギらしくなく、言葉に不安の色が出ていた。 クサナギ自身、出来れば何とかしてやりたかったと思っていたのだろう。 だが、結末は非常に残酷なものになってしまった。 それに対してアイリーンは。
「私は良かったと思うわよ。あのままにしておくよりはね……。 そういえば最後にあの人何か言ってなかった?」 「ん? まぁ、聞き違いだとは思うが確か言ってたな」 「どんな言葉?」
クサナギは寝そべったまま空を見上げる。 そして一度ため息をついた後。
「ありがとう……だとさ」
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