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作品名:僕の隣 作者:浅葱

第17回   夏の終わり
 木曜は県内の高校教員の教育研究会だったか何かで、ほとんどの先生が不在のため、授業自体は休みだった。つまり、学校そのものが休みだということ。部活動は、休みのところもあれば活動のところもある。サッカー部については、九時から十二時までは活動ということになっていた。
「別に休みでも良かったんだけど、まあ、やることにしたよ」
 夏休みの部活時のミーティングにおいて、みんなが休みであることを願う期待の眼差しの中、矢野はそれをあっさりと裏切った。ブーイングを受けながらも笑顔で対応する姿は流石部長だ。
「どうせシーズンオフはあまり活動できないしね。俺らの活動は今のうちだよ」
 隣に立つ能登が矢野への非難を緩和させる。ここぞというときは、ちゃんと自分の役割をこなしているから、能登も部員からの信頼はあるのだと思う。ミーティングでも普段のような軽いノリだったら、もうとっくにリコール請求だ。
 部活が始まる前も終わった後も、能登と丸山にちゃんと出席するように念押しされた。部活に、ではない、例ののコンパだ。しかも、電停まで行く途中にある交差点まで、能登と丸山がついてきて御丁寧にぼくをお見送りだった。
 真上から角度が下がるにしたがって青の濃度も薄まっていく空。夏の厚ぼったく真っ白な雲に変わって、風に流されるに伴い、その厚みを引き伸ばされたような雲が浮かぶ。
「なあ、合コンって何なの? 俺、参加したことないんだけど」
 待ち合わせ場所まで一緒に来た悟流とあとの二人を待ちながら、場繋ぎの会話をぽつぽつとする。
「全国平均で見ると、高二で参加している人の方が圧倒的に少ないと思うけど。でも、俺は、一回だけ行ったことあるよ」
「え? 何時!?」
「ほら、高一んときの秋。嘉月にも言ったじゃん。仁紫高のコと合コンやるって」
「あ、ああ、あれか。藍田が同じクラスのコに中学の卒業アルバム見せて……ってやつだよな」
中学三年生のときに同じクラスだった藍田が、高校に入って同じクラスになった女の子と卒業アルバムをの見せあいをしたらしい。それで、見せた女の子たちが「この人に会ってみたい」などと言い出して、そのうちに会わせるからと言っているうちに、そういう機会を作らざるを得なくなってしまったということだった。
「――って、じゃあ、悟流、仁紫高で付き合ってたコってその時の!?」
「あれ? 云ってなかったっけ?」
「聞いてないって。お前、偶然出会ったとか云ってなかったか?」
「まあ、偶然じゃん? ある意味」
「そんなの、意図された偶然だよ」
 合コンでの出会いがどうこういうつもりは全くないが、脱力してしまった。
「てっきり別の出会い方してるものだと思ってた――」
「何で? 出会いの形は色々あるのだよ、嘉月くん」
 経験者としての余裕を見せるような言い方だ。
「別にいいんだけど……」
「何か言いたそうだね、嘉月くん」
 悟流は壁に凭れ空を見上げ、そして溜息を吐いた。
「もういいんだよ、関係ない」
 ぼくにその返事を求める訳でもなく呟いた。それは自分への言い聞かせだろうか。
 関係ない、か……。
 心にぽっかりと穴が開くような、淋しい響きを持つ言葉。
それからしばらく、悟流とは特に言葉を交わすこともなく、お互い遠くに視線を置いていた。
「ごめん。待たせたかな?」
 声の方向を見ると、能登と丸山の姿があった。
「悪ィ悪ィ。さっきコンビニ寄ってさ、能登がトイレの鏡見ながらめかしこんでたから」
「あ、そーなんだ」
 普段は部活以外では眼鏡なのに、今はどうやらコンタクトを使用しているらしいところから、能登の気合の入れようが窺える。勝負時はコンタクトなのだそうだ。意味がよく解らないけれど。
「嘉月、こんな時だけ丸山の言ってることを素直に受け止めないように」
 ぼくが丸山の言葉をそのまま受け取ったので、能登がそれを征した。悟流はふっと笑う。
「嘉月は変なところで素直なんだよな」 
「どういう意味だよ、それ」
 能登も丸山も何故か悟流に賛同しているようで納得いかない。
「現地集合にしてるんだ。ちょっとここから歩くんだけど……」
「別に構わないよ。自転車置き場にちゃんとチャリ止めてきたし」
 そこまで言うと、悟流はぼくの方へ顔を向けた。
「俺も大丈夫」
 歩道を四人並んで歩くわけにもいかないので、2人ずつ横に並んで目的地へと向かう。悟流と話していると、丸山が悟流に相談があるようで、ぼくは前を歩いている能登の隣に並び歩調を合わせた。
「丸山が悟流と話したいなんて、珍しいな」
 親指で後を指すと、能登はそれにつられてすぐ後を歩く二人の方に顔を向けた。
「多分、勉強のことじゃないかな」
「え? 勉強? 丸山が?」
 思わず聞き返す。
「そう」
 意外だった。赤点をとっても恥ずかしげもなく、平気でみんなにお披露目するような奴なのだ。
「どうしちゃったの? あいつ」
「いや、なんかさ、気になるコがいるみたいなんだよね、今日くる女の子の中に」
「へ、へえ、そうなんだ……。ていうことは何? 今日のメンバーは丸山の繋がり?」
「否、俺繋がり。丸山と帰ってるとき、たまたま駅前で中学の後輩に会ってさ。委員会の後輩なんだけどね。その後輩とそのとき一緒にいた先輩、つまり俺たちと同いね、そのコが気に入ったみたいなんだよね」
 能登は、そのときを思い出したようにふふっと笑った。
「南ってさ、レベルでいうと俺んとこより上の進学校じゃん。で、丸山の気に入ったコが、これまたよく出来るコらしいんだ。それで、やっぱり最低限の勉強くらいしようって気になったんじゃないの?」
「何だか一直線な感じだな」
「丸山らしいよね」
 能登は目を細めて微笑む。ぼくもそれにつられて穏やかな気持ちになる。あのがさつでどうしようもない丸山がそんな姿勢を見せるなんて、本当に驚きで、そして微笑ましい。そこまで真っ直ぐな姿勢は羨ましくさえ思う。
 間もなく、赤レンガの建物の前に辿り着いた。白やピンク、黄色といった色とりどりの花や青々とした葉の鉢寄せが並び、入り口のドアまでを導いている。そのドアの前に女の子が二人立ち話をしており、入り口を塞いでいる。
「あ、お待たせ」
 能登が片手を上げて彼女達に呼びかけた。女の子達もそれに気付き、手を上げて応え微笑んでみせた。
「ごめん、ちょっと遅れたかな?」
 能登が歩み寄りながら訊ねると、髪の長い女の子は右手を左右に振った。
「ううん、ついさっき着いたところ。他の2人は先に入ってもらったんだ」
「そっか、良かった」
 能登と女の子の一連のやりとりを聞いて、悟流がぼくにそっと耳打ちする。
「なんか、慣れた感じじゃね? 能登」
 ……全くだ。
「早く入るよ、二人とも」
 能登が呼びかける。
「あ、ああ」
 悟流は気の抜けた返事をして、ぼくの背を押しドアの向こうへと急がせた。
 ドアを開けて入ると、数歩先が地下へと続く階段になっていた。能登の後に続いて、ぼくと悟流は階段を下りていく。中も赤レンガが基調となっており、各テーブルが個室とまではいかないけれど、隣が全く気にならない程度にレンガが積まれている。立ち上がったら流石に隣のテーブルまで見えてしまうわけだが、積まれたレンガの上は花壇のようになっており、立派な葉をつけた観葉植物がカーテンの役割を果たしている。
「地下なのに、よくこんな店みつけたよな……」
 悟流は辺りをぐるりと見渡し感嘆の息を漏らした。
「でしょ」
 能登が振り返り、得意げな顔をしてみせた。それから「実は……」と云って、ぼくの耳元で囁く。
「先月に、知ってる人に連れてきてもらったんだよね」
 それだけ云うと、能登はすっとぼくから離れて、先へと進んでいった。知ってる人、というのは間違いなく女性だろう。
 店員に案内されたテーブルに行くと、女の子達はさっきの二人も加わってすでに一列になって席についていた。
「待たせてごめんね」
能登が笑顔で挨拶をし、後に丸山、悟流、ぼくと続いて席に着く。丁度男女綺麗に分かれて、テーブルを挟んで対面状態になった。
 一通りの自己紹介が済むと、テーブルにコースで頼んでいた料理が2品、3品と運ばれてくる。
「早良くんは何か嫌いなものってある?」
 どうやら目の前に座る水澤さんが僕の分もお皿に取り分けてくれているらしい。バスケ部だそうで、明るい感じの女の子だ。
「特にないよ」
 ありがとうと云って、差し出された皿を受取った。
「川原くんは何かある? 嫌いなもの」
「うーん。見る限りはなさそう。適当に盛ってくれたらいいよ。あ、気持ち嘉月より少なめにしてくれたら有難いんだけど」
「そうなの? 小食?」
 水澤さんは僕と悟流の顔を交互に見る。彼女が運動部に所属しているのもあって、きっと男の小食というのが珍しいのだろう。
「悟流は割とね」
 僕は水澤さんの視線をそのまま悟流に流すように、悟流の顔を見た。悟流は僕から水澤さんに視線を移し、軽く頷く。
 ふと、水澤さんの隣に座っている女の子と目が合う。名前は確か、斉藤さん。
 日に焼けている水澤さんとは対照的で、斉藤さんは色が白く線は細いけれどふんわりした感じ。
 斉藤さんは、はにかんで軽く会釈をした。僕もそれにつられて軽く会釈する。
「何してんの、お前」
 悟流がそんなぼくたちの様子を見て面白そうに云う。
「いや、目があったもんだから」
「うん、何となくね」
 彼女は少し恥ずかしそうに、目を細め笑い、口角が形よく上がる。
彼女の仕草が何故か心に引っかかる。何故か――。
「斉藤さんって、色白いよねー。日焼けしないタイプでしょ?」
「うん、そうそう。でも、川原くんも白い方だよね」
「俺は単に出不精だから」 
 悟流が質問したことにより、さっきの自己紹介ではそんなに気にならなかったけれど、斉藤さんが一際色が白いと気付いた。改めて彼女を見る。詩緒も色白だったけれど……。
 僕は、そこで凍りついたかのように思考が停止した。
 無意識に彼女を連想する自分自身に驚く。
 ああ、解った……。
性格は違うけれど、雰囲気や仕草が似てるんだ、詩緒に。
「どうした嘉月? 何か変な物でも食べた?」
 悟流に話しかけられ、何でもないと笑顔で応える。
「ごめん、ちょっと苦手なものでも口に入れたかと思って焦って……」
 くすくすと女の子二人は笑う。莫迦だなーお前、と悟流は僕の肩に手を回し、すかさず耳打ちした。
「無理はするなよ」
「大丈夫だって」
 小声でそれに対して返事をし、目の前の彼女達に感づかれないよう、邪険に悟流の腕を振り払う。彼女達は楽しそうだ。
能登と丸山の前に座っている女の子とは、ほとんど話すことはなかったけれど、それなりにお互い楽しめたと思う。能登も丸山も満足そうだ。
 帰り際、斉藤さんが僕に小さなカードを渡してくれた。何かと思って顔に近付けてそのカードを見ると、彼女の電話番号とアドレスが書かれていた。
「良かったら、連絡して。今日、楽しかったから」
「うん、ありがとう」
 見た目は控えめなのに、結構行動派なんだな、と思いながら答えた。けれど、僕は彼女に連絡をすることはないだろう。
 僕はあれからぼんやりと考えていた。
 何事もないかのように過ごしていても、僕はきっとどこかで彼女を意識し、忘れられずにいるのだろうかと……。


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