20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:僕の隣 作者:浅葱

第13回   今日の別れ
 夏休み期間中にはアルバイトをしようかと思ったけれど、求人雑誌をながめながらどのバイトにしようか吟味しているうちに日が経ってしまった。そして、その数日後にはすっかりバイトをやることを諦めてしまった。部活と宿題をこなす日々。充実しているのかしていないのか、よく解らない。
ほぼ毎日、部活で外にでているため、肌は日増しに焼けていく。たまに悟流に会う度に、「また焼けたな……」と云われる始末だ。活動的でない悟流は、ほとんど一日中冷房のかかった部屋で本を読んだり何なりしているんだろう。悟流も駅までは自転車通学のため、ある程度日に焼けてはいるものの、他の男子生徒に比べると焼けていないことに変わりない。ぼくと悟流とは一緒にいることが多かったため、お互い異様な程目立っていた。身長も体型も髪の長さも大して変わらないけれど、色の違いだけは際立っていたからだ。夏休み明けには更にそれが際立つことだろう。
お盆明けの数日後、ほとんどメールの送受信にしか使っていない携帯電話が、珍しく長々と着信メロディを鳴らせた。
 携帯電話に電話してくる相手なんて限られていたから、どうせ悟流が仕様もない事でかけてきたんだろうと思って、相手を確認せずに電話に出た。
「はいはい、どうした?」
「……何? 機嫌悪いの?」
 ぼくは動揺した。携帯電話から聞こえるその声は、全く予想していなかった相手、詩緒のものだったからだ。
「し、詩緒!?」
「はいはい、そうだけど?」
 不機嫌そうに言う。直前のぼくの声色を真似たんだろうけれど、あんまり似ていない。それは兎も角、ぼくは詩緒に着信表示を確認せずに出たため、いつもかけてくる奴と勘違いして出たという事を伝え、それを詫びた。詩緒は、「そういえば、嘉月に電話するのって初めてだもんねー」と笑った。そう、詩緒とは出会ってからずっとメールでのやりとりだったのだ。
 学校があるときは一緒に帰っていたから、お互いの時間を合わせるためにもメールを頻繁に利用していたが、試験期間に入ってからは一緒に帰らなくなったし、「あの日」からも特に会うことはなかった。ぼくは夏休みを前にして、部活の練習試合や合宿の打ち合わせが度々あっため、普段の練習時間より終わる時間が不規則だった。詩緒の方は、午前で学校が終わってしまうし、試験が終わったことにより毎日図書館に行く訳でもない。なかなかお互いの時間を合わせるのは難しかった。それで、そのまま詩緒とは会わなくなってしまい、度々メールでやり取りするくらいになってしまっていたのだ。
「吃驚した。えっと、何? どうかした?」
 今まで掛けてくることがなかった電話を掛けてきたんだ。何かあるのだろう。まずは要件を聞くことにした。
「いや、別にっていうか、ちょっと、うん……、嘉月と最近会ってないから元気かなって思って……」
「ああ、うん、俺は元気だけど」
「そっか。良かった」
「……詩緒は?」
「あたし? うん、元気だよ。ありがと」
 何だか照れくさい会話になっている気がする。変に間があって、会話を繋げないと、という意識だけはあるが、うまく行かない。
「ねえ、嘉月」
 ぎこちなかった会話が徐々に弾んできたところで詩緒が訊いた。
「今日、暇?」
 ぼくは机の上に置いてある時計を見た。時刻はAM00:13――。今日って、「今日」ってことだよな? 部活は午後  からだけど、十三時からだし、十七時ごろには終わるだろうから……
「まあ、時間によるけど、暇は暇だよ」
「よし!」 
 詩緒は力強く言う。その後に言葉を続けた。
「そうだなー。今は十二時十五分くらいだから、うーん、じゃあ、一時にしよっか」
 自分の耳を疑う。驚いてぼくは詩緒に確認する。
「え? それって今から四五分後の一時を言ってんの? それとも昼の?」
 詩緒は今から四五分後の「一時」であることを再三確認した。どうやら詩緒は本気でこの深夜に会う気らしい。詩緒は、ぼくに朝から部活があるのか訊ねたが、部活は午後からだったので、差し障りないだろうという判断を下した。
 待ち合わせ場所は何故か僕の母校、北星(ほくせい)中学校。もう夜遅いし、危ないし、せめて詩緒の家の近くまで迎えに行くと言ったのだが、あっさり断られた。車通りが多くて明るいところを通ってくるから大丈夫だという。詩緒の家は駅からさほど離れていない。大通りもあるので、深夜といえども車通りも人通りも多少ある。しかし、それが逆に危ない場合もある。とはいえ、融通の利かない詩緒のことだったので、迎えに行くのは諦めるにしても帰りはちゃんと送ってやろうと思った。

 濃紺の闇。その空に浮かぶ無数の星々。素肌を撫でる風。寝静まった住宅街。時々聞こえる犬の遠吠え。
 田んぼも陳列しているような住宅街の中に、どっかりと敷地を陣取った中学校がある。そこがぼくの母校。
「へえー、ここが嘉月の母校かー。成程成程」
 グラウンドに隣接している中庭の中央から湧き水が出ている。とめどなく溢れ出す清水の音が辺りに心地よく響く。中庭はコの字型に校舎に囲まれている状態で、グラウンドで部活をしている運動部員が水分補給のためによく利用している。勿論、体育館で部活している運動部員も利用頻度は高い。
 中庭とグラウンドとの境目で段差になっているところに腰を下ろし、詩緒はそのまま仰向けになった。
「うわあー……。星が綺麗――」
 ぼくも詩緒の隣に腰を下ろすけれど、流石に仰向けにはならない。
「嘉月も寝転がろうよー。凄いよー」
「否、そんな事しなくても星は見えるから。詩緒さ、そんなところに寝転がって服が汚れるとか髪が汚れるとか、考えないの?」
「うん! 考えない!」
 シャツワンピに膝下丈のスパッツの組み合わせで、決して汚れても大丈夫な装いではない筈なのだが、汚れなんて気にせずやりたいようにやる、というのが詩緒らしいなと思う。
 そして、今、ぼくは詩緒と並んで、この静かでだだっ広いグラウンドの地、正確には中庭の段差コンクリートの上にだが、そこに腰を下ろし、夏の夜空を見上げている。
「ねえ、嘉月」
「ん?」
 名前を呼ばれて、右で寝転がっている詩緒を見遣る。詩緒はぼくの方を見ずにその視線は夜空に向けられたままだ。
「夏の星座。何か知ってる?」
 夏の星座か……。小学校のとき、悟流と理科の授業でもらった星座版を片手に一緒に探していたことがあったなーと懐かしく思う。
「嘉月ってば、ここで思い出し笑い?」
 別にやましいことなんて何もないけれど、素早く否定した。
「否、ちょっと、昔を思い出してさ。悟流と一緒に星座を探していた時期があったんだよ。懐かしいなーと思って」
「ああ、悟流くんねー。そっかー。そういえば悟流くん、元気なの?」
 詩緒と悟流は面識がないけれど、ぼくが度々悟流の名前を出していたから、すっかり詩緒も知る人となった。悟流も悟流で詩緒のことを知っているわけだけれど。
「悟流は元気だよ。あんまり健康的ではない生活を送ってるんだろうけれど」
 毎年夏休み明けに、悟流とは名物コンビニなってしまうことを思い出す。「また今年も休み明けにそうなるんだろうな……」と、ぼくが呟くと詩緒がそれに食いついてきたが、そこはさらっと流すことにした。見世物にされたら堪らない。
 ぼくは視線を他の星よりも強い輝きを放つある星に定めた。
「そうだ、カシオペア座なら解るだろ。一番見つけやすいと思うから。夏の星座じゃないけど、まずは足がかりに」
 詩緒は、うーん、と言いながらむっくり起き上がった。
「名前はよく聞くんだけど、実際に探したことってないんだよねー」
 カシオペア座を探したことがないって、あんな簡単に見つけられるのに?
「え? 何で?」
 間髪入れず、ぼくは詩緒に尋ねた。ぼくにはそれはあり得ない。小学校のときに理科で習って、みんな星座のひとつくらいは探しているものだと思っていたから。
「何でって言われても、見つけられないんだもん」
「だから何でだよ。すぐに解るじゃん。今まで星座を判らずに夜空を見上げてたの? 勿体ないなー。ほら、あれ」
 ぼくはカシオペア座にまっすぐ左手を伸ばして指差した。詩緒は「何処何処?」とぼくの指先から空へとその差す道筋を辿る。
「嘉月何処差してんの!? もおー、しっかりして!」
「お前な……」
 何で見つけられないのを俺のせいにするんだよ、とぼくはぶつぶつ云いながらも、身体を支える手を左手に代え、詩緒側にある右手で再度カシオペア座を指差す。
「ほら、詩緒。俺のこの指先を辿って」
 詩緒はぼくに近寄る。ほとんど触れそうなくらいに。
「うーん」
 詩緒はまだ見つからないようで、さっきから唸っている。
「詩緒、あの一際光って見えるやつだよ。結ぶとWの形になるやつ。今はMっぽいかな」
「ええー?」
 詩緒の頭がぼくの右肩に触れたと思うと、そのままぼくの肩に頭を預けてその差す方向を見上げる。ぼくの身体中がじんわりと鈍く熱くなってくる。
「あ、見つけたー!」
 僕から身体を離し、詩緒が叫んだ。そして、自分自身でカシオペア座を指差す。
「あれだよね! 教科書で見たことあるけど初めて自分の目で見たよ。本当に教科書通りなんだ!」
「これ、ちょっと感動するだろ?」
「うん! へえー。凄いなあー。うん、感動だよねこれは」
 素直な詩緒の反応を微笑ましく思う。そう、ぼくも悟流と一緒に星座を初めて見つけたときは、こんな感動を味わっていたんだ。
「じゃあ、そのカシオペア座の一番左上の星から三十度くらい左上方を辿ってみて。また一際明るい星があるだろ。あれがはくちょう座。夏の星座だよ。夏の大三角の一部なんだ」
「ええー!?」
 どうやら詩緒に星座を探してもらうには時間がかかるらしい。教科書や星座版を使って一人で探してみなさい、というと、「ケチ」と罵られてしまった。
 蒸し暑くて寝られない日もあるのだが、今日は比較的まだ落ち着いているようだ。闇が柔らかくぼくたちを包む。しばらくぼくたちはただなんとなく星空を見上げていた。沈黙を破ったのは詩緒だった。
「……あのさ、前はずっと一緒に帰ってたじゃん。だから、試験期間だったとはいえ、嘉月と会わなくなってなんか淋しかったかな」
 膝を抱えて空を見上げたまま詩緒は言った。
「そのまま夏休みに突入しちゃったし、うまく連絡できないまま今まできちゃって。このままメールして、そのメールも受験勉強なんかでお互い忙しくなっちゃって、そのまま終わっていったらヤダなーなんて思っちゃって……」
 冗談なんかを言うような調子で詩緒は話を続けた。けれど、それはぼくも思っていたこと。きっと連絡すれば詩緒も返してくれたし、会おうと誘えば会ってくれたのだろううけれど、それがなかなか出来なかったのだ。
「あたしね、実は夏期講習通ってるんだ。思ったより期末の成績が芳しくなかったっていうのもあるけど、受験のためにそろそろ準備しないといけないかなっていうのもあって。それで、二学期からは本格的に通うことにしたの」
 大学受験――。確かにあと1年半後には確実に待ち構えているものだ。でも、詩緒がそんな先のこともちゃんと考えているのなんて、吃驚した。
「へえ、そっか。詩緒、もう考えてんだ……。俺はまだ志望校も全然決めてないし、本格的に受験勉強っていうのも考えてなかったな」
「ああ、ううん! 受験勉強っていうと、まだ大袈裟なんだけどね。親に、そろそろなんとかしなさい!っていわれたところから始まって。一応行っておこうかな、塾くらい……っていうのが本音なんだけどさ」
 詩緒は情けなさそうに力なく笑った。
「嘉月は塾とかに行かないの?」
「うーん……。多分、俺は行かないだろうな。あんまり向いてない気がするんだ、そういうの。自分のペースとかあるし。今は部活もあるし」
 詩緒は「嘉月らしいね」と言って微笑んだ。
 虫の声が響く。再び沈黙。今度はさっきよりも重苦しく感じる。
「詩緒」
 今度はぼくが口を開いた。
「ん?」
 ぼくはどう話を切り出そうか悩む。でも、その選択した言葉が今この場にふさわしいかどうかなんて判らない。だけど、きっと今日、言わなければいけないこと。そうせずに別れればずっと気まずい尾を引くだけだ。詩緒もそう思って今日、ここに来ている筈。じゃなければ、何もないのであれば、こんな時間に呼び出したりなんてしない。
「……もう、難しそうだよな、一緒に帰るのって」
 言い辛かった言葉をやっと吐き出せた。
「……うん、そうかも知れないね」
 ぽつりと呟くその声が淋しそうに聞こえたのは、きっとぼくの自惚れなんかではないだろう。その声に、ぼくの胸は締め付けられそうな小さな痛みを覚えた。
「だけど、メールは今までのようにやっていこうよ! 電話でもいいし! お互いの都合が合えばたまに会ったりして!」
 詩緒はさっきとは表情が一変して明るく言った。別に一緒に帰らなくなったとしても、今までと何ら変わりないという事を強調するように。
「ああ。いつでもメールしてよ。電話でも」
 ぼくは例えそれが空元気であったとしても、そう振舞ってくれる詩緒を愛おしく思った。応えるぼくの表情が穏やかなものになる。
「嘉月もちゃんとしてよー」
「はいはい。しますよ」
「うわっ。テキトーだよ」
 そう、こんな感じ。詩緒とこういう会話ができるのが楽しいんだ。
 ぼくは詩緒を彼女の家まで送り届けた。道中は、いつもの帰り道のように他愛もない会話。だけど、その時間が凄く大切なように思えた。彼女の家の門まで辿り着く。詩緒が申し訳なさそうな顔をして詫びた。
「今日はごめん! 急に呼び出してこんな遅い時間までお付き合い頂いて、どうもでした!」
「いやいや、いいって。お気になさらずに。それじゃ……」
 ぼくは自転車のハンドルを握り直し、向きを変えようとした。
 視線に気付く。詩緒の目が真っ直ぐぼくを見詰める。ぼくはその目から自分の目を逸らすことができない。
「……詩緒」
 ぼくが名前を呼ぶと、詩緒はぱっとぼくから目線を逸らした。詩緒は気まずそうに苦笑する。
「あ、ごめんごめん。いや、何でもないよ。何でもないけど……。嘉月が本当にメールとかしてくれるのかなーって疑っちゃった」
 今度はぼくが苦笑する。
「ちゃんとするって。詩緒こそ、たまにはメールくらいしてくれよ。忙しいときは仕方ないけど」
「うん。するよ」
 ぼくと詩緒は微笑みあった。きっとお互い、今日は穏やかに別れようと思っている。今度いつ連絡を取るなんていう確証はないけれど、きっと取り合うことを信じて。
 いつまでもこの時間帯に、詩緒の家の前にいるわけにはいかない。まだ何か話をしたい気はしたのだが、ぼくは意を決して詩緒に背を向け自転車にまたがった。そしてそのまま走り出す。ぼくは背中に視線を感じつつも振り返ることができなかった。詩緒の家からぼくの姿が見えなくなる交差点を曲がるまで。
 



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 5943