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作品名:僕の隣 作者:浅葱

第12回   吹き抜ける風
目覚めたときから、この一夏を謳歌する蝉の鳴き声。一日中暑くなりそうな予感。
今日は夏休み中の登校日、第一回目。
登校日は全学年統一ではないが、二年生は全クラス登校だ。夏休みに入ってからまだ一週間も経っていないのに、早速登校とは……。おかげで夏休みに入った気が全くしない。登校日がなくても部活はほぼ毎日あるため、学校に出てくることにおいては変わりないが、部活で出てくるのと学校の行事として出てくるのとでは大分違う。そして、この登校日にはホームルームだけでなく、御丁寧に確認テストまであるのだ。
第一登校日の今日は、まだ夏休みに入ったばかりなので、流石に確認テストはない。その代わりにプリントが配られる。内容は、約二週間後にある登校日までに進捗しておくべき宿題範囲の一覧表。つまり、第二登校日で行われる確認テストの範囲が示されている、という訳だ。夏休み明けにも確認テストがあるのに……。教師側は、生徒に宿題をちゃんとやらせることと成績向上のためと、彼らなりに必死な訳だ。
諸々の連絡確認事項、ホームルームを終えて、すぐに教室を出た。電車が来るまであと五分程。急げば電車が来る時間に間に合いそうだ。今日は珍しく部活が休みだったので、行きも帰りも悟流と一緒だ。それにしても、今日の登校日は、特に来た意味があるのかどうか解らない。そんな登校日に限って部活がないのだから、世の中理不尽だと思う。 
電停に着くと、他クラスの人は勿論だが、秦高以外の人も居なかった。太陽が天高く照っている時間帯だ。この時間帯に空調の効いていない路面電車を使って出掛ける人も、そうそういないだろう。電車が到着し、電車の後方に悟流と並んで座る。既に乗っている人もいない。今日も貸切か、と思っていると、他クラスの女の子二人が乗り込んできた。走ってきた結果、どうやら間に合った模様。二人とも息を切らしている。彼女たちは、ぼくと悟流が座っている席とは反対側の、中央より前方の席に座った。
「嘉月、窓開けるわ」
 座った席の窓が閉まっていたため、悟流は席を立ち、ぼくの頭の後ろに手を伸ばした。ぼくは身体を背凭れから離して、悟流が窓を開けるのを待った。ガタガタッと、一定以上の力を加えないと開けられない窓の開く音。途端に窓から風が吹き込み、髪が乱れる。悟流が隣に座るのを見て、ぼくは深く座り直した。
しばらくの間、悟流と話すこともなく、只電車の揺れに身を任せていた。窓から勢いよく流れ込む風が気持ち好い。ぼくの左隣に座る悟流は、携帯電話で何かを調べているようだ。横から眺めても、画面には変な模様が浮かび上がって見えるだけで、何を調べているのかまでは解らない。画面のガラス自体に覗き見防止の加工がされているのだ。今は悟流の邪魔をしない方が良さそうだと思い、ぼんやり正面の流れる景色を見ていると、「やっぱり社債かなー」と悟流がぽつりと呟く。どうやら株価をチェックしているようだった。株に興味があるという話は聞いていたけれど、その興味は行動に移すまでに膨らんだということだろう。
「遂に株をやるまでに至ったんだ?」
「否、まだ勉強中。いずれはやってみたいんだけど、なかなかね」
悟流はそう云って携帯電話をぱたんと閉じ、バッグの中に放り込んだ。
今話さないと――。
悟流にはまだ、サワコさんと別れた事を話していなかったので、早いうちに話さなければいけないと思っていたのだ。試験があったことと詩緒のことと、そしてサワコさんとの別れがあまりに自然な運びだったので、話すきっかけがなかなか掴めなかった。
「悟流」
「んー」
 悟流は気怠げに応えた。
「あのさ、ちょっと云いそびれていたことがあるんだけど」
「え? 何を?」
 改めてそう訊かれると言い出しにくい。でも、悟流にはちゃんと伝えないと。これ以上先延ばしにするのは善くない。
「試験前の話になるんだけどさ」
「うん」
「サワコさんと別れたんだ」
「……え? マジで?」
「ああ」
「もしかして、それって別れるって云ったの、嘉月からだったりすんの?」
「ああ、そうだよ」
悟流は露骨に訝しげな顔をしてみせた。
「何で? 何があったの? どういう心境の変化?」
「心境の変化というか……」
突き詰めて考えるとどうなんだろう。よく解らないけれど、以前のぼくとは違うと思う。その違いが例え微々たるものだとしても。そして、そう思えるのはきっと、詩緒のおかげ。勿論、悟流のおかげでもある。
サワコさんとの別れを告げたついでという訳ではないけれど、ぼくは悟流に今までの事も話そうと思った。多分、悟流は今もぼくの事を心配してくれているだろうから。それに、悟流にはちゃんと話を聴いて欲しかった。
「悟流、他にも云いたい事があって……」
「うん、聴くよ」
「支離滅裂かも知れないけど、でも……」
「……解った。大丈夫。ちゃんと聴く」
 悟流は、これからぼくが話す内容について察知したようだった。いつもの気怠い表情が消える。
 ぼくは、今までの事を少しずつ話していった。詩緒とよく一緒に帰っていた事。ぼくと詩緒との家庭環境が似ていた事。詩緒の母親の再婚相手がぼくの父親だという事。そして、ぼくと母親の事……。ところどころ曖昧に話してしまったが、伝えたかった事はちゃんと伝わったと思う。悟流は時々相槌を打ちながら、ぼくの話を遮る事なく最後まで聴いてくれた。
「……ごめん、嘉月が辛かったときに気付いてやれなくて」
 悟流は沈痛な面持ちをした。
「いいよ。そんな顔するなよ。俺が云わなかっただけなんだから」
 それでも悟流は気にしているようだった。ぼくは、過去の事として話せるくらいだから、もう大丈夫だと言った。悟流はそれを聞いて漸く安堵したようだった。
「話してくれてありがとう。ちょっと俺、今、感動してる」
「何だよそれ」
 悟流があまりにも素直な反応を見せるので可笑しかった。
 すっきりした気分だった。
「悟流ってさ、昔から変わらないんだよな。成長してないって意味じゃない。基盤はそのままで、容量は広くなったっていうか、悟流自身は益々解らなくなるけど、解りたくないのが悟流っていうか……」
「……」
悟流の眉がぴくりと動く。
「否、だからさ、俺、昔から悟流に救われているところ、結構、あったんだ。悟流は、俺が引きずってしまうような事を全部なしにしてくれて、俺が介入して欲しくない線からは中に入らない。だから、お前とはずっと仲良くやって来れたんだと思う。今まで悟流に話せなかったのは、信頼してないからじゃなくて、単純に俺自身の問題だよ。変化を起こしたくなかったから……」
「嘉月」
 悟流は目を伏せた。
「俺、嘉月が考えている事は全部は解らないかも知れない。でも、嘉月の事は解ってやりたいと思う……」
 伏せていた目をぼくに向ける。既に真顔は消失。お得意の、含みのある笑みを浮かべている。只、目はいつもより穏やかだ。
「何時でも話聞くからさ。全部云うのが辛かったら云えるところだけでいいから、これからもちゃんと話して欲しいかな。嘉月が辛そうにしてると、俺も辛いし……」
 悟流はぼくを見て肩を組み、そしてばしばしと叩いた。ポンポン、というような力の強さではない。
「うん、大丈夫! 俺、嘉月の事、好きだからさ!」
 悟流が最後の部分を強調したので、斜め向かいに座っている女の子二人が吃驚した表情でこちらを見た。どうやらそのコたちの耳に入ってしまったらしい。
「お前な……。あのコたちに変な誤解されたらどうするんだよ」
「ま、それはそれで別にいいんじゃねーの?」
 悟流はにかっと笑ってぼくの肩から手を離すと、平然として足を組みなおした。全くコイツは。


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