---商売はうまくいっているのか。 ---最近,やっと利益が出るようになったわ。 ---そうか、それは良かったな。投資した甲斐があるってもんだ。
ジョイは男の胸深くに顔を埋めて、上目使いに話をしている。 男のほうは、ジョイの肩に手をまわし、片手で煙草を吹かしながら 余裕の体であった。 男の名前は肥田。白髪交じりの五十台半ばの紳士であるが、とき おりその目が鋭く光る。 欲しいものがあれば腕づくでも奪おうとする、そういう目である。
---そろそろ、答えをもらおうかな。 ---ごめんなさい。まだ、母親が田舎に帰らないの。 ---その言い訳は、もう聞き飽きたな。 ---ほんと。でも、あと二、三ヶ月もすれば帰ると思うわ、そうした ら言う通りしますから。 ---わかった。じゃぁこうしよう、あと二ヶ月待とう。もし約束が守 れないなら、投資した30万バーツをそっくり返してもらおう。
ジョイは、その困惑顔を男に見られないようさらに深く顔を埋める のであった。 男の名前は肥田幸三。『MN電装』の社長である。 しかし、今その時点でもジョイはその男の詳しい素性を知らない。 ただ、チャトウチヤックに熱帯魚を扱う店を出すのに30万バーツ を投資して呉れたどこかの日系企業の重役というだけしか知らなかっ たのである。 もちろんその話の裏には、コンドミニアムを買ってやるので、自分 の女に成れと言うオファーが隠されていた。
ジョイは肥田を甘く見ていた。投資させておいてうまく逃げ延びる つもりでいたのである。肥田には妻が有り、タイに連れてきている。 いざとなれば、その線で肥田を脅すこともできると。
(オファーを受けるから、奥さんと別れて)
その切り札を持っているつもりであったのであるが、つい最近、肥田 は妻を日本に帰してしまったのである。 つまりは、のっぴきならないことも考えられるのであった。
(わかった、女房とは別れる)
などと言われてしまっては逃げようがなくなるのである。あと二ヶ 月のうちに何とか30万バーツを作るか、肥田に抱かれるか、二つに一 つの選択を迫られていた。 いくら金銭的に不自由はしなくなるといっても、自分の父親と同じ 位の歳の男に、妾として囲われるようなことは出来なかったし、考え も及ばなかった。
この世界で渡り歩いて行くなら、そういったオファーをうまく裁きな がら男から金だけを取るという芸当をやってのけなければならないの であるが、肥田は日本からたまにやって来て、金に物を言わせるよう な男とは違って、小娘の企むことくらい百も承知といった具合で、老 獪にジョイを追い込んでいた。
---言う通りしていれば、一生不自由させない。 ---わかってるわ、肥田さんの気持ち、すごく嬉しい。 ---ああ、そうだ、今週の土曜日、ゴルフ帰りに業者の接待があるんだ。 ここへ来るというようなことを言ってたから、ブッキング入れて おいてくれ。 ---えっ、土曜日?
ジョイは、佐藤の話を思い出していた。
(まさか。。。)
肥田の申し入れは断れない。今までも強引に先客のブッキングをキャ ンセルさせられていたのである。 しかし佐藤のブッキングの方が先であり、今日も待たせているという 負い目から、二度も佐藤の方をキャンセルできない。 しかし、そのことよりも、ジョイには悪い予感が走った。
(まさか、佐藤さんの接待相手、肥田さんじゃないでしょうね。。。)
確かに肥田からは金銭的に援助されていたので、半ば拘束されている ようなものであったが、心までは佐藤を裏切ることはしていなかったの である。
(どうしよう。。。困った)
佐藤は、壁一つ向こうのボックス席でジョイを待っていた。
肥田はいつも十一時を過ぎて店に居ることはしないことを良く知って いたので、もうそろそろ帰る時間であった。 チェックを済ませ、丁寧に見送りを終えたジョイは急いで、佐藤の待 つ席へと向かった。 トイがジョイの代わりに、指名されていたことは知っていたので、慌 てることも無かったのであるが、「土曜日の接待相手」のことを一刻も 早く知りたかったのである。
トイは、佐藤に指名の礼を、ワイをしながら礼を言って席を外した。
---お待たせ。 ---帰ったのか?先客 ---うん。いつも十一時までしか飲まないお客さんだし。 ---いつも、か。。。 ---なに、妬いてくれるの?
どうせ自分一人のものになど成らない女だと頭では分っていても、や はり相手の男のことは気になる。
---ところで、土曜日ブッキングでいいんだよね? ---ああ、そうしてくれ。今度はキャンセル無しだからな。 ---わかってるわよ。ねぇ、そのお客さんって大事な取引先の人なの? ---ああ、『MN電装』って言ってね、うちの上得意さんだ。 ---社長さんが来られるの? ---そうだ。肥田さんって言う人だ。
ジョイの表情が凍りついた。
ブッキングがダブッた場合、当然先の客を優先し取るのが決まりのよ うな世界であるが、そのどちらも選択することが出来ない窮地に追い込 まれたジョイは、その後佐藤と何を話しをしたのか、ろくすっぽ覚えて いなかった。
確かに佐藤は独身で日本人であり、「本気」になる相手としては申し 分がないのであるが、普段、四十や、五十代のステイタスのある男ばか りを相手にしていると、三十三歳の佐藤が、物足りなく感じることもあ った。 天秤のように揺れる気持ちでありながら、心では佐藤を選んでいるの はやはりジョイも、一人の女として、打算のない恋愛をしたいという夢 があったのであろう。
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