加瀬は、『K』で、初めてトイと言葉を交わしたとき、瞬時にその女の頭 の良さを感じ取っていた。五年前にタイにやってきて凡そ誰しも通る道で 「夜の世界」を経験してきたが、結局最後は飽きて しまうのが常であった。
最初はいいのである。 SEXの相手としてのタイ女性は、その抜群のスタイルの良さに、日本 人女性には無いものを見出すことができた。 しかし、何度か肌を合わせ、馴れ合いの状態になると、加瀬が女 から得るものは何も無くなるのであった。 その繰り返しが、加瀬を夜の世界で働く女から興味を無くさせた 原因であった。
女は男の性欲のはけ口であって、それをいかに長く持続させるだけ の魅力があるか、という見方で女を選ぶ男も居ることは事実である。 しかし、加瀬にとって相手が女であっても、それを崇高な対象とし て見ることが出来なければ、もはや性欲すら湧かないのである。
出来る男ほど、自分を「驚かせてくれる」人間でないと、真剣に相 手に出来ないという、こだわりのような「条件」を持っているもので ある。 単にSEXの相手だけであるのなら、その日の気の赴くままに、女を買い に行けば良いのであって、 敢えて、時間と金をかけて女の気を引き ずっと手元に置いておこうなどということは、全く考えられなくなっ ていた。
トイの性格は、その顔付からもある程度推測できた。「キツイ」と 感じるその顔付には、女にしておくのはもったいないと思えるほどの、 負けん気の強さと、何事にも挑戦してみないと気が済まないという器 の大きさを感じとれたのである。
つまり、加瀬はこの女に完全に「一目惚れ」してしまったのである。
久しぶりに、胸の高鳴りを覚えた。それは、この女を抱いて、自分 の物にしてしまいたいと言う、男としての征服欲というものではなく て、この女は必ず、自分をあらゆる方面から「ドキドキ」させてくれ るのではないかという期待感のようなものであった。
子供の頃、ショーウィンドウに飾られた、おもちゃに釘付けになっ てその場を離れることが出来ず、親が無理やり引き釣ってでも諦めさ せざるを得なかったような、そんな「感覚」なのである。
加瀬は、あれから日を置くことなく『MN電装』の接待の日まで,数度 その女をブッキングし、自分の「直感」を確かめていた。 もちろん、そのことを佐藤はジョイの口から逐次、聞いていて知って いた。 ただ、佐藤はその「報告」を聞くたびに、自分も選ばなかった女が、 実は物凄い価値のある女であって、それを見抜けなかった男としての自 分の器の小ささというものを、暴かれていくような気がして、正直、面 白くなかった。 そして、その不機嫌に駄目を押すように、ジョイからの電話が佐藤を 打ちのめした。
---ゴメンね、すっかり忘れてたの。今日ね、、ずっと前からブッキング 入ってたのよ。 ---こっちだって、先週に言ってたはずだぜ?断れないのかよ。 ---分ってオネガイ。私たち、一度受けたブッキングをキャンセルするっ てことがどんなことか。。。オネガイ。 ---ああ、わかったよ、じゃそのお客が帰ったら、着いてくれるな? ---うん。もちろんよ。 こんな時。日本人の男はえてして「いいかっこ」するものである。 実際は事がいかないことへの苛立ちと、つまらない嫉妬心で、自分の 身の置き所がわからなくなるくらい、バランスを失っているくせに、 「大人」の男を演じたがる。 その日、佐藤はジョイが空くあまで、トイを指名した。加瀬が密かに 入れ込んでいる女をもっと真近で観察したかったのかもしれない。
水割りのウイスキーをこしらえているトイの横顔に見入った。 ジョイには無い透き通るような白い肌と、何かを見据えて離さない眼 差し、凛と背筋を伸ばしたその姿は、なるほど「いい女」に思えてきた。 佐藤の場合は、その頑なに拒みそうな、女の性を我が物にしたいという 欲望も入り混じっていた。 頭の奥底で、トイをベッドに組み伏し、加瀬の悔しそうな顔を思い浮 かべながら、全てを奪い取ってしまうという妄想が湧き上がってきた。
---すみません、私なんか指名してもらって。 ---いや、まんざら知らない仲でもないじゃないか。
笑みを浮かべたその口元が艶かしく、先ほどの「妄想」がプレイバッ クしてきたが、遮るように、グラスの酒を煽った。 しかし、その視線の先には見事な脚線美の足が、ミニのドレスから露 わになっていて、佐藤の男を熱くさせた。
---加瀬社長、君によく会いに来るんでしょ? ---そんなことないですよ、私なんか相手にしてもらえないです。
加瀬がしばしばトイをブッキングしていることはジョイから聞いて知っ ていたので、トイの「嘘」が、加瀬を庇うものだとわかり余計に嫉妬心 に火を点けた。
(そうか、この気遣いが加瀬さんを惹きつけるんだな)
そんな納得をしながらも、心の奥底で芽生え出した黒いものに気付か ぬフリをしていた。
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