加瀬は実に、優雅に酒を飲む男であった。もちろん、女の相手も同じ ようなことであり、ナイスミドルとはこういう中年男をいうのだなと、 佐藤は思った。 横に付いた女も、その遊びなれた所作に乗せられて、艶っぽく輝いて 見えてくるのだから不思議である。 自分が先ほど、「その女」を見た時、「なるほど」と理解出来たこと が、何か大きなミスでも犯したのではないかと疑いたくなった。 であるから、そのミスジャッジの真偽を確かめたくなり、加瀬に直接 その女の第一印象を聞くことにした。
---社長、その子の第一印象はいかがですか?
小声で日本語であるから、彼女達には分らないであろうと佐藤は計算 したつもりである。
---可愛いじゃない。流石に『 K 』に在籍するだけのことはある。 ---それだけ、ですか? ---ああ、それだけだ。君は他に何か感じたのか。
佐藤は、それ以上突き詰めることを止めた。というのも、加瀬にその ように、はっきり言われてしまうと、本当に自分がミスジャッジしてい たのかと思うようになってしまったからである。 しかし、そのことを。ジョイが見事に打ち破ってくれた。
---加瀬さんって、凄いですね。 ---えっ、何が? ---私、初めて見ました。トイがこの店で楽しそうに仕事しているのを。 ---そうなの?美人だし、愛想もいいし。ブッキング多くて大変でしょ。
ジョイが、目を丸くして佐藤の顔を覗き込んだ。
---スゴイ。 ---ん、俺もそう思う。
トイは、『イサーン』の出身にしては珍しく色白であり、目鼻立ちも しっかりしていて、確かに美形であった。 しかし佐藤をはじめ、誰しもその女の第一印象を問えば、「顔がキツ 過ぎて、怒っているんじゃないか」と思えるのである。 カラオケラウンジで、最初に男がすることは、女を選ぶことからであ る。この時、数十人の女を目の前にして、平静で居られる男はよほど遊 び慣れた男か、よほど鈍感なのかどちらかであろう。そのような状況で 男が女を選ばねばならない時、先ずは自分の好みの顔、スタイルの持ち 主を探しだそうと、素早く一通り「目」を通さねばならない。 だから、それを助けるために、女の方も精一杯の愛想と笑顔で、男の 視線に応えねばならない。 そんな時に、トイのあの厳しい目と、芯の強そうな口のラインは、見 る男を一歩引かせるのである。 佐藤も例外なく、「そう」感じたのである。 しかし、今その女は、純真無垢な笑顔で加瀬に接し、健康的な色気を その唇から発していたのである。
---ねぇー、彼氏居るの? ---居ないです。 ---ほんとに? ---ほんとです。
カラオケのホステスには馬鹿げた問い掛けであることは承知していた が、加瀬には、その女のことが気になった。
---じゃぁ、バージン? ---違います。 ---いつ? ---17歳の時です。
トイは、真っ直ぐに加瀬の視線を受け止め、何もかも正直に答えてい た。
---美人だから、お客さん、いっぱい居るでしょ。 ---ダメなんです。一年半になりますけど、一回も「同伴」してもらった ことないんです。 ---ええー、ほんと? ---はい、本当です。 ---じゃぁ、今度、ご飯食べに行く? ---はいっ。
加瀬は、佐藤に気づかれないように、トイの携帯電話の番号を聞き出し ていた。
---ねぇ、あの二人、ひょっとしたら、ひょっとするかもよ。 ---加瀬社長が? ---いや、加瀬さんのことは、よく知らないけど、トイの方よ。今日のあ の子 女の私が嫉妬するほどすっごく綺麗だもん。 ---ふぅーん。加瀬さんが本気になるかな。あの人、理由(わけ)ありら しいから。
佐藤は、そう言う端から、もう一度加瀬の方に目をやってみた。 濃紺のスーツにストライプのシャツ。小紋のネクタイはそれらに合う色合 いのものを選んでいる。 日頃、特に気にはしなかったが、男の目からも、嫉妬するほど色っぽい 「男」であった。 ふと、先ほどのジョイが言った「嫉妬」という感情を、自分も同じよう に同性に抱いていることを知り、苦笑いを琥珀色のグラスで隠した。
---トイ・・・あのね、いいこと教えてあげようか。 ---はい。 ---いつもね、今みたいに「可愛い笑顔」で仕事していなさい。 ---私、「怒ってる」ように見えます?ジョイにいつも言われるんです。 ---俺は、その手の顔が好きだから気にしないんだけど、他のお客さんは、 そう思うだろうな。 ---出来ないんです、作り笑顔が。
佐藤の目に、加瀬が遊び慣れた男に映っていたのだが、実は加瀬のトイ への第一印象が、そうさせたのだと後になって分るのであった。
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