『K』は、必要以上に媚びたネオンや電飾を嫌い,シンプルにハ イソ路線を貫いている感があり、ブランド志向を擽る、あらゆる 仕掛けが店内にも施されていた。
佐藤が、チーママに導かれ奥のラウンジルームに腰を降ろした のは、十時を過ぎていた。 流石に火曜日とあって、客の入りは鈍い。 『K』は入ってすぐ右手が「VIPルーム」、そのまま先を進むと 右手に、「ホステスの控え室」があり、ここで100名近いホス テス達が客のリクエストを待っている。
佐藤も、初めてこの店を訪れた時は、その迫力に圧倒され、慣 れているとはいえ、一瞬たじろいだのを覚えている。 ホステスのユニホームも、何種類か用意されており、日替わり で飽きのこなように、工夫されていた。
今日は、黒のミニドレスの日であるらしく、顔の幼い女であっ ても妖艶な雰囲気を醸し出していた。
予め、ジョイをブッキングしていた佐藤は、煙草に火を点け、 ピアノ演奏に合わせて歌う女性シンガーの、男っぽい地力のある 歌声に聞き入っていた。 客の大半は駐在員であろうことは、ダウンライトのシルエット 越しに伺い知れた。皆、お気に入りの女と1対1の会話を楽しん でいる。
ジョイが席に着き、いきなり佐藤の胸深くに頭を預け、上目使 いに話しかけてきた。
---久しぶり、忙しかったの? ---いや、そうでもないけど。 ---じゃ、もう飽きたんだジョイのこと ---いや、そうでもない。
佐藤は、今日、社長から指示された接待ゴルフのことを思い起 こしていた。 昼間、社長の加瀬からそのことを伝えられ、相手が『MN電装』 の社長であることを聞いて、気が重くなったのである。
『MN電装』といえば、トヨタやホンダの現法に電装部品を納める 日系企業であり、ここ数年で飛躍的に大きくなった会社である。
その『MN電装』の社長をゴルフ接待した後、食事の後の二次会 の行き先を『K』にするから、万事、段取りを任すというものであ った。 社長の加瀬は、佐藤の知る限りでは、カラオケに出入りしてい るなどといった話を聞いたことが無く、全ては自分が仕切らねば ならないことが、「億劫」であったのだ。 その事を、端折ってジョイに話した。
---何だ、そんなことか。 ---嫌なんだよな、俺。役者不足っていうか。 ---サトウさんの、会社の社長さん、連れておいでよ。 ---ん?、そうか、一度下見だと言って加瀬さん引きずりこんで おくか。 ---そうそう、それがいいわよ。
しかし、佐藤はそのことを、どう加瀬に切り出すか、また悩ん だ。加瀬は敏腕な経営者であり、タイ駐在も5年になり、佐藤よ りも長くタイを知っているはずなので、当然、カラオケも出入り していると思っていた。
しかし、直属の上司の話だと、2年ぐらい前から、社用以外で はプッツリと行かなくなったということだったのだ。
あくる日、社で加瀬と会う時を見計らって、思い切って話を持 ちかけた。
---加瀬社長、来週土曜日の『MN電装』の接待のことなんですけど。 ---ん。万事頼んだよ。『K』は、君のお得意の店らしいね。 ---いや、私のような安月給で、そうそう足を運べる店じゃないん ですよ。 ---すまんな、安月給で。
加瀬は、目尻に皺を作って笑って応えた。
---どうでしょう、社長、今日でも一度ご一緒戴けませんか。 下見ということで。なにせ、相手は『MN電装』の社長ですし。 加瀬は、一瞬考える風であったものの、すぐに応答した。 ---ん、分った、いいよ。行こう。但し、女の子は君が選んでおい てくれ、どうも苦手なんだ、アレ。
意外であった。女の子を選ぶことが苦手であると、加瀬が白状し たことではなく、二つ返事で了解してくれたことが、意外であった のだ。
二年近く出入りしてないというのは、普通に考えると何か「ワケ」 があると勘ぐるのが当然である。 その「足」ですぐに、ジョイに連絡を入れ、今日のブッキングと 誰か友達のホステスを選んでおいて欲しい旨のことを頼んだ。
---うん、わかった。私の従姉妹も働いてるの、その子でいい? ---いいよ。
正直、佐藤には、加瀬を相手するホステスは誰でも良かったので ある。ただ、何か胸の痞えが降りたようで、気分が良かった。
---じゃ、待ってるね。 ---うん。たぶん、九時ごろだな。 ---リョーカイ。 ジョイは、客が良く使う日本語を、時々チョイスして使ってみせた。
---あっ、その従姉妹の子って、可愛い?
自分の悪戯心に閉口しながらも、ちょっと聞いてみたくなった。
---ん、すっごく可愛いよ。でもリクエスト少なくて困ってるの。 ---何で?すっごく可愛いのに、リクエスト少ないなんて。 ---いや、ホントだって。まぁー、見ればわかるから。
それ以上、問いただすことを止めたのは、「見てみたい」という男 のどうしようもない好奇心からであった。
---(その子より、その子を前にした加瀬さんの顔が、見物だな)
無闇に緩む口元を急いで戻し、デスクに戻った。
佐藤は、連日の『K』入りであったので、少し照れを隠すようにし て足早に奥のラウンジに向かった。 加瀬も、後ろからゆったりとした足取りで、店の雰囲気を確かめる ようにして佐藤の後を付いて席に腰を降ろした。
---なかなか、いい雰囲気の店だな。 ---はい。この界隈では、タニヤの一流店と肩を並べるのは此処ぐら い だと思います。 ---佐藤君はカラオケ事情に詳しいからな。 ---加瀬社長も、以前は行かれたんでしょ?タニヤとかに。
加瀬が意味の無い笑みを浮かべて、その問いに答えようとしたとき ジョイが、従姉妹と思われる、ホステスを伴って、ボックスにやって きた。
佐藤の席からは、ダウンライトの逆光でジョイの従姉妹の顔はよく見 えない。 やがて、加瀬が座る横に、ワイをしながら、その女が着いた。
佐藤は、一瞥しただけで、ジョイが昼間の電話で言っていたことが 何となく「わかった」気がした。
---(なるほど、そういうことか)
(すっごく可愛いんだけど、リクエストが少ない)
そんな矛盾した話があるものかと思っていた佐藤であるが、確かに 驚くほど、可愛かった。ただ、
---(俺も、ちょっと、パスだな) そんな、思いをオトコにさせる雰囲気があった。
加瀬の「反応」を早く見たかった。
---サワッツ ディー カァー
加瀬は、店の雰囲気を確かめる視線を、その女の顔に向けた。
---サワッディー クラップ 。クン チューアライ
--- Toi(トイ)。。。デス --- トイか、僕は加瀬だ。 --- カセ さん?
この時、加瀬の目にその娘がどう映ったのか、佐藤は早く知りたく て、ジョイのことも忘れて、二人の様子を凝視していた。
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