本作品『クリスマスの約束〜バンコクにて』は著者の『イサーンを出て』 を改題、加筆修正したものであります。
[プロローグ]
あれからもう何年が過ぎたろうか。 女はマニキュアを塗る手を休め、テレビに映し出されている故郷 の映像に目をやった。 昨夜、ウボン(ウボンラチャタニー)で起こった殺人事件は、些 細な痴話喧嘩から、女が男を刺し殺したという話である。 些細なのかどうかは当人にしかワカラナイことなのに、些細な事 と報ずるキャスターが疎ましく思えた。 ニュース映像の背景は見覚えの在るものであった。 母親はそれを指差し、我が娘に何か言おうとしているのだが、擦 れた「イサーン訛り」ゆえに、意味が解せないでいた。 意味も無く苛立ちを覚えた女はリモコンも使わず、テレビのスイ ッチ、人差し指で憎らしそうに押し切った。
---ナニすんだよ。 ---頭が痛いの。
母と娘の短いやりとりであった。
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女の名前はToi(トイ)。
十八の時、故郷のウボン(ウボンラチャタニー)を後にして、バン コクに出てきた。 Toiの田舎は、「イサーン地方」と呼ばれるタイ東北部の貧しい地 域の一県で、山河以外何も無いと言ってもよいところである。
「イサーン」はもともと、スコータイ王朝期に隣国と争っていたタイ 国が戦勝を期に、「捕虜」として連れてきたラオス人やビルマ人を、 その地に住まわせて、開拓させたのが始まりとされる。土地を与える とは名ばかりであり、痩せた土地からの収穫などいくら努力しても、 たかがしれていた。そういう「場所」だから、人々は貧困に喘いでい た。
その脈絡は今も続き、働ける年になると男も女もこぞって、バンコ クを目指した。トイには十歳離れた兄と七つ上の姉が居る。二人とも ウボンで結婚をし、子をもうけ、家族を作って暮らしているのである が、子沢山のうえに、親戚縁者の面倒まで見ていかねばならない。 そんな二人を、トイは可哀相だとか思ったことはない。
何故なら、それは「イサーン」の地ではありふれたことであったか らだ。ただ、彼ら二人とも、その昔はバンコクを目指したことがあっ たということは知っていた。
トイが高校を首席で卒業し、バンコクの大学に進みたいと申し出た 時、当然のように、両の親は進学に反対した。 娘が『ウボンの麒麟児』ともて囃されて悪い気はしていなかったの は事実であるが、現実問題として、大学に行かすだけの経済力が無か った。 ウボン県下でも数本の指に入る秀才としてのプライドは、十八の娘 に大いなる反発心を持たせた。
---勝手にするわ、世話にはならない。 家出同然の旅立ちの朝、まだ陽も昇らぬ時間に、一人バス亭に立つ トイは、(泣くまい)と思えば思うほど、涙が出てきた。 勝気で負けず嫌いの性格故に、男友達ばかりの高校時代であった。 そんなであっても、やはり女一人の旅立ちは、不安と恐怖心で押し 潰されそうになった。覚えておこうと思う故郷の風景はいまだ闇に包 まれていて何も見えない。
東の方角が瑠璃色に薄く染め始めた時、闇の向こうから砂利道を蹴 って走ってくる人影が見えた。
母親だった。 涙でくしゃくしゃになった顔に砂埃がへばりついて痛々しかった。 母と娘に言葉は無かった。 ただ、母親は別れ際に、握り締めた体温が残る千バーツ紙幣を、娘 の手に握らせた。 自分の家の家計にとって、その金額がどれほどのものかは、トイに は痛いほどよく分っていたので、背を切る痛みに耐え切れず、バスに 飛び乗った。
長距離バスの座席の堅さが、これからの自分の行く末を暗示してい るようで早く眠りにつきたくなった。 先ほど、母親から手渡された千バーツ紙幣を、Gパンのポケットの奥 に押し込んだ。それを合わせてもせいぜい二千バーツにもならない所 持金であったが、今の自分にとっては「命の絆」であった。
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---じゃ、行ってくるね。 ---気を付けるんだよ。
夕方七時を過ぎた頃、女は仕事に行くと言って、毎日家を出る。 母親は、娘が何の仕事をしているのか詳しく知らない。ただ、聞か されているのは、日本食レストランで、日本人相手の『仕事』をして いるということだけであった。 その店が終わる時間は深夜の一時であり、娘の帰りを待つことなく、 先にベッドに入る母親は、あくる朝方隣に眠る娘の寝顔を見つけた時、 娘の帰宅を知るのであった。
いつも、娘に厳しく言われていた。
---電話してきても、忙しいから電話には出れないからね。
母親は、もう一つだけ、娘の『仕事』について知っていることがあっ た。 それは、職場のオーナーの日本人が、娘に「良くしてくれる」という ことであった。 自分が田舎から娘に呼ばれて出てくる時、娘が、母親のために買い揃 えたテレビや、洗濯機、冷蔵庫などの電化製品が、その日本人の「好意」 で手に入れることが出来たということである。
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