チラつく蛍光灯。
私は、パイプ椅子に腰掛けていた。 膝を組み浮いたつま先でミュールをプラプラさせる。
シャッターがガチャガチャと、耳障りな金属音を立てる。 外は少し風が強いらしい。
彼は黙々と作業を続けている。
工具がカチャカチャと、軽い金属音を立てる。
私は、雑誌のページをめくり続ける。
先月発売されたバイク雑誌。 目立たないモノクロのページに、小さくも彼の名前と成績が記載されている。 もう、日付が変わる頃。 同じページを何回見返しただろうか? 小さな文字達に疲れて、視線を遠目に投げた。
ガレージの奥の方には、それぞれ形の違うバイク達。 カラーリングだけはチームで統一されている為、綺麗に並んで見える。
壁際の棚には、使い方どころか、その名称さえもさっぱり判らない道具達。 ぱっと見は雑然としているけど、毎回ちゃんと同じ所に収まっている。 すぐ隣には、赤く大きな鉄の箱。 この工具箱だけは、いつも必ず整理整頓されていた。 今は、何段もの引き出しが無造作に開かれ、「乱雑」が生じている。
目の前には、大きなバイク。 カバーが外され、色んな金属やホースがむき出しになっている。 みんなが言うには、カバーじゃなくて……なんだっけ? そうそう、カウルとか言うらしい。
そして、その向こう側から彼のため息。
「あーもう、こんなんじゃレースやる前に死んじゃうよ!」
バイク越しに、久しぶりに顔が合う。 彼は立ち上がり一伸びした後、腰を自分のこぶしでトントンと叩いた。
お、おっさん臭い……
おもわず心の中で嘆いてしまった。 普段の好青年っぷりを知ってるだけに、そのギャップが悲しい。
年の割に幼さが残る顔立ち。 細身だが、レースの為に鍛えたバランスのいい筋肉。 短髪や茶髪が流行る中、黒髪とサラサラな前髪にこだわり続ける彼。 しかし今は、そんな好青年の顔にはしっかりと疲労という文字が浮かび上がっている。 あぁ、まるで十数年後の君を見ているようだよ…
そんな嘆きの言葉を飲み込んで、彼に労をねぎらう言葉をかけた。 「お疲れ。またコーヒー入れ直そうか?」 彼は手元にあった工具を片しながら、極上の微笑みを見せる。 「ん、ありがと。お願い。」
これだ。 私はこの笑顔に弱いのだ。 さっきまでの気難しい顔、気難しい雰囲気、それに加えて退屈と居心地の悪さでいらだった心が、これ一つで全てが帳消しになってしまう。 恋は盲目って、きっとこの事を言うのだろう。
彼がガレージの一番奥にある洗面台で手を荒い始める。 私は電気ポットの沸騰中のランプが消灯するのを見張り続ける。 「もう、作業終わるの?」 慌ててこのガレージに来てから、かれこれ4時間は経つ。 「あぁ、一通り終わったから後は組み上げていくだけだよ」 彼が何の作業をしているかはさっぱり判らない。 しかし今までの経験で、その言葉が出てから本当の終了まで必ず一時間はかかる事は判っていた。
今度は私がため息をつく。
「ごめんね、付き合わせちゃって…」 手のひら全体で前髪をかき上げ、少し首を傾ける。いつもの彼の癖だ。 本当にすまなそうな表情を真っすぐ向けてくる。
しまった… 心の中で後悔の文字が湧き上がる。
彼は「送って行く」って言ってくれたのに… 「一緒に居る」って事を選んだのは私なのに…
今日の昼間の事が、また思い返される。
初めて自分の体で体感した「身が凍る思い」
そうだ、 私は、あまりの衝撃的な出来事に大泣きしたのだった。
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