「移動手段は全てタクシーを使う。そしてここに書いてある文章を運転手に見せて指で 指す」 そのノートには文章が箇条書きに書いてあった。そして日本語の下に北京語と広東語 で書いてあった。 「どうですか、これなら安心でしょ?」 得意そうな顔で俊は3人を見る。
その時、チャイムが鳴った。 「あッ、食事だ。俊、早く」 俊は立ち上がり、広い部屋を早足で歩きドアを開ける。 <<お客様、ご注文のお食事です。お部屋に運んでいいですか?>> 白いテーブルクロスで覆われたサービスワゴンに料理が積まれていた。皿蓋から微か に料理の匂いがする。 <<これは美味しそうな匂いがする。お願いします>> サービスワゴンが運ばれ手際よく料理がテーブルに並べられる。 <<これで全部でございます。ご確認をお願いします>> その若者は丁寧に言う。俊は素早く目視確認する。 <<ご苦労さま、全部あります。それから、わたしは学生でよく分からないんですがチ ィップを払うべきなのですか?>> 若者に近づき俊は小声で言う。 <<料金に含まれています>> にっこり笑って若者が言う。 <<そうですか、安心しました。ありがとう>> そしてのりが確認のサインをする。
待ちきれないのかメグは素早く席につき注文した物を自分の前に集める。 「じゃ、チャーハンをご馳走になります」 俊もチャーハンをとり自分の前に置く。 「どうぞ、召し上がれ」 俊は一品だけだが3人は豪華な食事だった。鱶鰭スープ、大エビのチリソース、牛フ ィレ、フォアグラ、トリュフと山のようにあり昼食とは思えない、メグは高そうな牛肉 の鉄板焼を口いっぱいにほうばり、食事を満喫していた。
俊はチャーハンを食べ終わり3人を一瞥する。 「なあに欲しいのならあげるわよ?」 メグが美味そうに笑いながら言う。 「いや、ご馳走様でした。仕事がありますのでこれで失礼します」 と言って俊は立ち上がる。 「ちょっと、ノートにあなたの携帯電話の番号を書いてくれない。ほら、大使館や領事 館に電話を掛けるより直接俊さんに掛けたほうが話が早いわ」 鱶鰭スープを手に持ってメグが言う。 「ほんと、そのほうが安心だわ」 ホークで牛フィレを刺してのりが微笑みながら言う。
「参ったなあ、そういうことは禁止されているんですよ」 「どうせわたしたちが電話を掛ければ俊さんを指名するのよ、無駄な作業が省けるわ」 メグが鱶鰭スープを飲み干し笑いながら言う。 「ごめんなさい、わたしたちドジな3人組でいつも問題を起こしているの」 あきらめなさいと言う顔でのりが言う。 「しかたがない書きますよ。だけど出国する時はこの紙を破いて捨ててください」 「ええッ、分かってます。ご迷惑はおかけしません」 のりは微笑んで小さく頷く。
そして俊は逃げるように大使館に帰る。 「ああッ、おかしな3人組みだったな」 ぼやきながら俊は自分の席に座る。 「俊、警察はうまくいったのか?」 大使の秋草孝一が書類に目を通しながら言う。 「はい、紛失証明書を貰って領事館に行き、パスポート再発行の手続き終了しました」 「ごくろうさん」
そして俊は自分のノートパソコンを立ち上げ、のりの素性を洗う。パスポート再発行 の書類を見て、俊はのりの住所と氏名を記憶していた。 「うーん、岩倉財閥の次女、白百合女子大学1年生か。口利きで入学したのかな」
<<ジー、ジー、ジー>> その時、俊の携帯電話が鳴った。 「あッ、電話か」 俊は携帯電話を取り出した。 「もしもし、秋草俊です」 <<....>> <<はい、知り合いと言うよりパスポートを紛失したので手続きを手伝ったのですが、 何か?>> <<....>> <<申しわけありません、直ぐに行きます。20分もあれば着きます>> 俊は顔を曇らせ電話を切った。
「トラブル発生、パスポートを紛失した3人組が北京大学でトラブルを起こしました。 行ってきます」 誰に言うわけでもなく俊は大きな声で言って大使館を飛び出した。 「やっぱりな、何かやると思っていたが大学の事務局から苦情を言われるとは」 俊は呟きながら公用車を飛ばし、北京大学に急いだ。
そして北京大学の正門横に車を停め事務局に走った。 <<どうも、秋草俊です。遅くなりました>> 事務室の中には3人組がのんびりウーロン茶を飲んでいた。 「あッ、ここよ。俊さん」 のりが手を上げて笑顔で言う。 「何をやったんです、苦情が来ましたが?」 俊は3人を見る。ナナの服装が別れた時と違っていた。いや、服装ではなく着方がだ いぶ違う。よく見るとナナの腹部から縦長の可愛い臍が見えていた。 そしてナナをナナと呼んでいいものか俊は考えた。パスポート再発行の書類には小森 美穂と記述されていたからだ。
「ナナのキャラは大崎ナナですか?」 呆れたような顔で俊が言う。 「えッ、あたしのこと知っているの?」 嬉しそうにナナは微笑み俊を見詰る。 「インターネットで見たことがあります。原宿や渋谷で流行っているみたいですね。 それで北京大学でそのカッコをしたらどんな反響があるのか知りたくてやったんですね ?」 「ピンポーン、その通りだよ。でもぜんぜん受けなくってさ」 ナナは詫びれることなく大崎ナナを気取っていた。 「ここは中華人民共和国、中国共産党が支配しています。もし警察に連れて行かれたら 留置所に泊まることになりますよ。小森美穂さん」 俊は低い声で諭すように言う。
|
|