「そうだ、お金がないのなら部屋のルームサービスを利用すれば食事は出来ますよ?」 俊が優しく言う。 「ボーイさんに何て言えばいいのか、中国語が分からないの」 天然ボケののりがゆっくり言う。 「英語は通用しますけど」 「わたしたちはお嬢様学校なのよ。英語なんか分からないわ」 また長身のメグが怒ったように言う。 「手間のかかるお嬢様方だ、わたしが部屋まで言って注文しましょうか?」 苦笑しながら俊が言う。 「ほんとう、助かるわ」 天然ボケののりが微笑む。 そして俊は20階の豪華な部屋で3人から注文を受けルームサービスに電話した。
翌日、北京日本大使館。 「では今日もオリンピック開催で忙しくなるけど気を抜かず任務を果たしてくれ。他に 何かあるか?」 日本大使の秋草孝一が朝礼を行なっていた。 「あの?」 俊が何か言いたそうに言う。 「何だ、俊?」 「昨日、日本の都議会議員5人を乗せて、通県の通県飯店に行きお土産に肉まんをもら いました。お客さんの5個と日本大使館にと20個もらいました。冷えましたがこれが その肉マンです」 俊は紙袋を出した。 「数が少ないので適当に食べてください、それとパスポートを紛失した3人の学生がお 嬢様育ちのせいかちょっと変わっていて問題を起こしそうなので、これから滞在してい るホテルによって西大門警察署にいき紛失証明書を発行してもらい、それから領事館に 届けてきます」
「警察か、俊、賄賂は使うなよ」 秋草孝一には分かっていた。中国では警察に何かを頼む場合、小銭を出した方がスム ーズにやってくれることを。しかし孝一はそれを嫌っていた。 「はい、大丈夫です。何かあれば携帯のほうに連絡を。では行ってきます」 俊は足どりも軽く公用車に乗った。車は順調に進みインターナショナルホテルの正面 ゲートに車を停める。
そしてフロントで昨日の受付嬢に3人を呼び出してもらい椅子に腰を降ろした。 俊は遠くから気に入った受付嬢をちらちら見ていた。すると三人組が姿を現す。 「俊さん、お待ちどうさま」 ゆっくりと3人は近づいて来た。 「みなさんお早う、では行きましょうか?」 俊は立ち上がり受付嬢に軽く会釈をする。受付嬢はお客の肩ごしに微かに微笑んだ。 「ねえ、怪しんじゃないの?」 長身のメグがニャーと笑い俊の肩を軽く叩く。 「えッ、何を言ってんですか。彼女は親切に」 何故か俊は狼狽する。 「すいません、だめよメグ。大使館の人に」 天然ボケののりが慌てて言う。 「じゃ、西大門警察署に行きましょうか。混むといけないから」 3人を乗せて俊は車を飛ばした。
道は多少混んでいたが規制があるせいか渋滞するほどではなかった。 「さあ、着きましたあの建物が西大門警察署です。行きましょうか」 促されるように3人は車から降りて、西大門警察署を見上げて溜息をついた。 「パスポートの再発行をしないと日本には帰れませんよ」 俊はメグとのりの背中を押し、ゴスロリのナナを目で促す。
受付で事情を話し遺失物課の警官から紛失届けを受取り、記入して警官に提出する。 「ねえ、紛失証明書は直ぐにもらえるの?」 長身のメグが警察署の中を見回しながら言う。 「うーん、分かりません。とにかく待ちましょう」 俊は腕を組んでじっとしていた。 「あの、俊さん。トイレに行きたいんですけど?」 ゴスロリのナナが尻をもじもじさせながら言う。 「えーと、階段の近くにありました。女性用は赤い文字で書いてあります。一緒に行き ましょうか?」 「いえ、大丈夫です。メグ、一緒に来て」 「いいわよ。のりはどうする?」 メグはのりの目を見る。
「行ったほうがいいでしょう。いつ終わるか分かりませんから」 「そうですか、じゃ、行ってきます。ねえちょっと待ってー」 のりは2人の後を追った。
そして待つこと2時間、メグは苛苛しだした。 「ねえ、ここは俊さんだけでもいいんじゃない。わたしたちはホテルで待ってるわ」 「それがいいわね」 ゴスロリのナナも飽きてきたのかメグの案に同意する。 「駄目よ、わたしたちのためにやってもらっているのに。ねえ、俊さん?」 のりも我慢できないのか、うんざりした表情で言う。 「残念ですが駄目です、被害者がいないと。それにこの後は紛失証明書を持って領事館 に行きます」 と俊は事務的に言う。
そのやり取りを部屋の奥からニヤニヤしながら警官が覗いていた。 <<もう直ぐだな、早く金もってこい。日本人は大人しいからやり易い>> と言って警官は手もみをしていた。 <<おい、外に停めてある公用車は何だ>> 大きな声が聞こえる。 <<あッ、署長。パスポートを紛失した3人が紛失証明書をもらいに来ています。 言葉が分からないので日本大使館の人間が付き添っています>> <<そうか、何で領事館じゃないんだ。大使館とはおかしいな?>> <<いや、署長。オリンピックで領事館が忙しく対応できないので応援でやってると言 ってました。大使館といっても学生のアルバイトだと言っていました>> <<何、学生?>> <<ええッ、北京大学の学生証を持っていました>> そのとたん署長の顔付きが変わった。
<<おい、その学生の名前を聞いたか?>> <<えーと、何だっけな。あき、あき....>> 警官は言葉を詰まらせる。 <<秋草俊じゃないか?>> 署長は警官を見つめた。 <<そうです、確かに秋草です>> <<そうか、あいつが秋草俊か>> 考え深げに署長は遠くにいる俊を見詰る。
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