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作品名:日本の近未来 作者:佐藤 神

第4回   4

 奥から主が手に請求書を持って姿を現した。
<<お客さん、ありがとう。満足されましたか?>>
<<ええ、みなさん大満足です。おいくらですか? 中国元で払います>>
<<お客さん、サービスしてこの金額になります>>
 俊は主から請求書を受取り、男たちの前に出した。
「俊さん、領収書をお願いできますか?」
 石井が財布から元を取り出しながら言う。
<<マスター、領収書をお願いします>>
<<分かりました。日本のお客さんは空白の金額欄のほうが好きなんですよね?>>
<<いや、正しい金額を書いてください>>
<<分かりました>>

 直ぐに領収書が俊に渡され、俊は金額を確認して石井に渡した。
<<これお店の名物の肉まんです。お腹がすいたら食べてください。この袋に5個入っ
ています。こちらの大きな包みには20個入っています。日本大使館の人にお土産で
す。また、ご利用ください>>
<<ありがとう、わたしにはお店を選択する権限はありませんが伝えておきます>>
 そして俊は振り返り男たちに伝える。
「みなさん、マスターから肉まんのお土産を頂きました。この大きい包みも肉まんです
が日本大使館にお土産として頂きました。こちらはわたしが大使館に届けます」
「マスター。シェイ、シェイ」
 五人の中で小柄な男がありがたそうにその袋を受取った。そして出口に向う。

<<あの、北京大学の学生さん?>>
 主が俊に話しかける。
<<何ですか? あれ、何でわたしが学生だと知っているのですか?>>
 目を大きくして俊は主を見詰る。
<<はい、わたしは日本語を少し知っています。それでさっきの話が聞こえて>>
 主はゆっくりと言う。
<<そうでしたか。それで蘇州夜曲を>>
 小さく頷いて主は微笑んだ。
<<実はわたしの孫も北京大学に通っています。そして息子は日本大使の子どもを恨ん
でいます>>
<<うーん、わたしが何かしましたか?>>
 突然恨まれていると聞いて俊は悩む。
<<いや、日本大使の子どもがいる限り、北京大学の首席になれないと嘆いています。
まあ、落第を心配している孫が首席になれるわけが無いのですが>>
<<そうですか>>
 俊は笑っていいのかどうか悩んだ。

<<老婆心ながらあなたに忠告します。あなたは北京大学創立以来、歴に並ぶもの無い
優秀な成績です。振り返れば北京市第八中学の天才少年班で首席になった時からみんな
あなたを警戒していました>>
 主の目が急に鷹のように鋭くなる。一瞬苦笑いする俊であった。
<<いや、清華大学の学生さんには敵いませんよ>>
<<本気で言ってるのですか、清華でもハーバードでも、ケンブリッチでも、あなたに
は敵いません。北京大学首席だけならいいがダントツの独走だ。あなたは世界中から注
目されている。気をつけなさい>>

<<えー、何でわたしが狙われているのですか?>>
 俊は真面目な顔で言う。
<<いや、あなたが何をするか、みんな注目している>>
<<そー言われても、みんなとは誰ですか?>>
<<それは言えないが。一人だけ教えよう、早朝、公園で太極拳をやっている老人と会
っているね>>
 主の声が低く太い声になった。
<<そういわれても、何十人もいますから?>>
<<そうですか、昔、揚げパンをご馳走したと言っていたが>>
<<それじゃ長い顎髭を生やした。劉さんですか?>>
 と言って俊の背筋に悪寒が走った。

<<ええ、劉さんです>>
 主が言った時、2人の話に割り込んできた者がいた。
「お話が弾んでいるようですが、何か面白い話でも?」
 白髪交じりの男が赤い顔をして笑いながら話に割り込んできた。
一瞬、返事に困った俊は適当に返事をする。
「いや、このマスター。若いころ満州で李香蘭を一目見てその優雅さに心を奪われ李香
蘭の追っかけをしていたそうです。その美しい李香蘭が日本人だと聞かされて何日も寝
込んだと。いまその話しをしていました」
「おおッ、李香蘭ファンとは嬉しい。わたしも熱烈なファンだと伝えてくれ」
 白髪交じりの男は酔っているせいか主の手を力強く握った。主は少し驚いた表情を見
せたが直ぐに握り返す。
<<いや、あなたとわたしが何の話をしているのかと聞かれたもので、この人にあなた
が李香蘭ファンだと伝えるとこの人も李香蘭ファンで嬉しいと言っています>>
<<うん、わしもなんとなくそう思った>>
 笑いながら主は言った。

<<ジー、ジー、ジー>>
 その時、俊の携帯電話が鳴った。
<<あッ、電話だ。ちょっと失礼>>
 俊は携帯電話を取り出した。
「もしもし、秋草俊です」
<<....>>
「えーッ、パスポートの紛失ですか。領事館に人がいないのかな」
<<....>>
「分かりました。今食事が終わりホテルへ送るところです。帰り道なのでそのホテルへ
寄りますよ。20分後に着くでしょう。それと名前と部屋番号を教えてください」
<<....>>
「はい、分かりました」
<<マスター、御忠告ありがとう、新しい仕事が入りましたのでこれで失礼します>>
<<うん、気をつけて。お客さん、ありがとう>>


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