「宮田さん、分かるように説明します。昔の話になりますが2008年、その年はサブ プライムローンでアメリカ経済が火を吹いて世界恐慌を起こした年です。 わたしは国債及び借入金並びに政府保証債務現在高をもとに計算してみました。 借入金,政府短期証券を含む日本全体の債務残高に地方を含む日本全体の長期債務残 高は1080兆円を突破しています。それから8年が過ぎました。 その間消費税を5パーセントから8パーセントに上げ、今では12パーセントです。 高齢化で医療費は増え、税収が激減している。既に長期債務残高は1200兆円を越え 金利だけでも20兆円です。 ことしの日本の国家予算が72兆円、金利分を引くと52兆円です。とても正気の沙 汰ではありません、まともな行政なんか出来ない。全て政治家と官僚の責任です」
<そのために皇居を売却するんですか?> 「そうです、絶対必要な国有地以外売却します。それ以外にもアメリカの国債も売却し て秘宝の原子力空母鳳凰、曙もアメリカ、ロシアに3兆円で売却します」 と言って秋草は会場を見回した。 「詳細は後日、精査されて政府から発表されるでしょう」
<秋草さんはこの後、どこで何をするのか教えてもらえませんか?> 「詳しくは言えません、ただ日本の安全と世界平和に尽力したいと思っています」 <それと> 「すいません、次の予定がありますものでこれで失礼します」 秋草は立ち上がり深々とお辞儀をする。横の総理にも会釈をして会場の下手から急ぎ 足で姿を消した。それを見て記者団は一斉に秋草の後を追う。
「おえ、逃げたぞ、どこにいった。この角を曲ったのは間違いないんだが?」 官邸内を風のように消えた秋草をキョロキョロしながら記者団は執拗に捜した。 「もしかしたら首相官邸の地下にある危機管理センターに逃げ込んだんじゃないのか?」 胡散臭そうに若い記者が言う。 「よせ、これ以上詮索するな。首相官邸出入り禁止になるぞ」 凄みのある中年のカメラマンが言う。 「そうでしたね、報道の自由と言いながら気に入らない記者を締め出しやがって」 今でも政府は気に入らない記者、過激に批判する記者を首相官邸出入り禁止にして言 論圧力を掛け続けている。
首相官邸の外では雨が降り始め報道陣の車でごった返していた。それでも秋草が首相 官邸から出てくるのを報道関係者は明け方まで見張っていた。
それから数日して、古池総理大臣は秋草の草案した財政赤字削減を一部修正して閣議 決定した。 その翌年には政治家の人数が半減され、官僚、公務員も三分の一が削られた。国有地 の売却、相続の上限を一億円に決めそれ以上を没収にした。そのため金持ちは死ぬ前に 財産を湯水の如く使い出し停滞していた景気が回復しだした。
財政赤字も年々削減し、日本の未来が輝きだす。全ては秋草の思惑通りになった。 それでも秋草は姿を現すことは無かった。
それから何年かして事件が起こった。カリブ海域でロシア海軍とベネズエラ海軍が合 同軍事演習を行うことを発表した。そして中性子爆弾を搭載した原子力空母を中心にロ シア海軍の太平洋艦隊は南下する。 世界中のメディアがその様子を毎日のように放送する。そしてロシア海軍がパナマ運 河近くまで進んでくると、ついにアメリカの中性子爆弾を搭載した原子力空母が第七艦 隊を率いてパナマに急行する。これを契機に全世界の緊張が一気に高まった。
ロシア海軍は空母、巡洋艦、駆逐艦、揚陸艦、救難艦、など30艦近い戦艦が縦一列 になり白く長い引き波を描いている。 だがロシア海軍のはるか上空から軍事衛星が覗いていた。
<<こちらは中性子爆弾を搭載した軍事衛星だ。ロシア海軍は直ちに合同軍事演習を中 止してロシアに帰還しなさい>> 徐々にロシア海軍の白く長い引き波が縮まり船足が止まった。だがロシア海軍は洋上 に止まったまま波に揺れていた。 <<ロシア海軍に勧告する、速やかに帰還しないと敵国とみなしモスクワに大型中性子 爆弾を撃ち込む。直ちに帰還しなさい>> その言葉に促されるようにロシア海軍は大きく迂回してロシアに帰還した。その時が 来るまで二つの空母と軍事衛星がお互いを監視していた。そして中性子爆弾は未来永劫 使われることは無かった。
その後も秋草は姿を現すことは無かった。ニューヨークの地下街でホームレス姿の秋 草を見たとか、新宿二丁目で女装して夜の世界に生きていたとか、そう言う噂は後を絶 たなかった。 一番もっともらしい話は北京の公園で早朝太極拳の老人たちに混じり嬉しそうに下手 な太極拳を舞っていたと言う話であった。それとも幽玄の世界気の向くまま彷徨ってい るのか。
いやそれは違う、愚直に世界平和を願い幾たびの難関を突破した秋草は宇宙船、コロ ニーの設計に着手しているのではないかと思う。 設計が完成すれば秋草は国連に乗り込む、そして設計書を見せてどんな手段で恫喝し て予算を毟り取るのか、今からその姿が目に浮かぶ。
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