そして秋草はゴムボートに揺られ、空母鳳凰から離れカラチ沖の謎の小船に近づく。 「こちら秋草、小船は止まったままか?」 <<須崎です、止まったままです。漕ぎ手も艪から手を離し休んでいます>> 「うん、間違いない。わたしを待っているんだろう。距離はどのぐらいだ」 <<そうですねえ、後200メートルぐらいです。あッ、もう一艘カラチ沿岸から小船 が近づいています。漕ぎ手が二人です、あと二人は座っていますが旧式の長い銃を持っ ています>> 「その二つの小船の距離は何メートルある?」 <<はい、500メートルぐらいです>> 「そうか、分かった。情報部、この通信をアパッチのパイロットと直結させろ」 <<はい、情報部。了解しました>>
秋草はカラチ海岸からやってくる4人乗りの小船が気になっていた。だが前方の3人 が乗っている小船とはお互いに相手の顔が認識できる距離まで近づいた。 タリバンの最高指導者はムハンマド・オマルに似ているが秋草には本物か影武者か断 定ができなかった。2人は海上で見詰たまま激しい火花が飛び散った。 20メートルの距離をとったまま、揺れる船の上で秋草はその男の思考を読み取ろう とする。 「駄目だ、何も考えてない。まるで悟りを開いた高僧の風格を漂わせている。 それともわたしに何かを訴えているのか?」 煩悶しながら秋草の息遣いが荒くなる。 <<こちら須崎です、後ろの小船が100メートルまでに近づきました>> 「了解した、秋草だ。アパッチ。緊急発進せよ」 <<アパッチ、了解>> 空母鳳凰の甲板から攻撃ヘリ・アパッチがスロットを全開して太陽光を反射させなが ら轟音と共に舞い上がる。 「こちら秋草、アパッチよく聞いてくれ。海上に3艘の小船が浮いている。2艘は近づ いて向かい合っている。その後ろから一艘が近づいてきている。その小船に攻撃照準を 合わせろ。撃ってきたら破壊し轟沈させろ」 <<こちらアパッチ、了解しました>> そしてアパッチは秋草の乗るボートの上空で見事にホバリングしている。機銃は後ろ の小船を狙っていた。しかし後ろの小船も警戒してそれ以上近づいてこなかった。
「うーん、これ以上ここにいてもしょうがない、空母鳳凰に引き上げるか。アパッチは 上空からわれわれを警護してくれ」 <<アパッチ、了解しました>> そして二人の漕ぎ手は力いっぱい漕ぎ出した。 「秋草さん、あの2艘は仲間なんですかね」 汗を飛ばしながら若い乗員が言う。 「うーん、分からない。でも無意味な殺し合いはしないだろう。われわれはアパッチの 援護で助かった」 「そうですね、目一杯漕ぎますよ」 若い乗員の胸の筋肉が盛り上がっていた。
そして3人は波で揺れながら空母鳳凰のタラップを登った。 「どうにか助かったな」 と秋草が呟きながら周りを見回すと、見られない白い軍服を着た四人の男たちが小銃 を向けていた。 「なんだおまえたちは。悪い冗談ならすぐ止めろ」 睨みつけながら秋草が怒鳴った。 「秋草事務次官、残念だがこの空母鳳凰はわれわれ憂国の剣が制圧した。両手を上げ ろ、身柄を拘束する」 憂国の剣の背の高い乗員が緊張した顔で言う。
「うーん、何と言うことだ。須崎艦長代理と直ぐに話がしたい」 「いや駄目だ。このまま営倉にぶち込む」 そして秋草と漕ぎ手の二人は銃を押し付けられ両手を上げ仕方なく歩き出す。 「分かった。だがまだ誰も殺していないんだろうな?」 秋草が怒鳴るように言う。
「可哀相だが高坂艦長は死んだ」 その瞬間、秋草は背の高い隊員の小銃を奪い取ろうと銃に手をかける。 「ばかもの、おまえらは何をやっているか分かっているのか?」 鬼の形相で秋草は背の高い乗員に襲い掛かる。 だが、横にいた白い軍服を着た男が小銃の銃底を秋草の頭に力いっぱい振り下ろす。 「うー....」 頭に衝撃を受け目の前が暗くなり秋草は意識を失った。
「秋草さん、大丈夫ですか?」 一緒に捕まった漕ぎ手の二人が心配そうに秋草の顔を覗き込む。 「あッ....。頭が痛い」 秋草は虚ろな目で痛打された頭を押さえると手は鮮血で赤く染まった。 「秋草さん、ここは営倉の中で鍵をかけられています」 「うーん、そうか。ロッカの中にシーツがあれば裂いて包帯を作ってくれ」 「分かりました」 傷が深いのか秋草の言葉には覇気が無かった。そして2人の乗員はシーツを見つけ包 帯を作り出した。
「あーあ、この営倉の鉄格子はパスワードで開けるやつだったな?」 「はい、そうです。ですがパスワードが分かりません」 「それに中から開けられません」 とあきらめたように2人は言う。
「大丈夫だ、わたしはこの空母鳳凰の全てのパスワードを覚えている。どうにかなる」 ずきずき痛む頭で秋草は営倉から脱出する方法を考えていた。 「秋草さん、包帯が出来上がりました」 「そうか、じゃ、止血してくれ。止血のやり方は分かるか?」 「はい、わたしは外科の実習で乗り込んでいます。宮城と申します」 「そうか、じゃ、君は防衛医科大学校の学生か?」 「そうです。痛み止めがあればいいんですが」 「いや捕虜のみで贅沢は言えん。止血で十分だ、早いところやってくれ」 その実習生は手際よく包帯を巻く。秋草の頭のてっぺんから顎にかけて包帯が巻かれ た。
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