<<うーん、無料か。いや、乗艦させる訳にはいかない>> 少し躊躇ったが首を横に振りながら秋草が言う。 <<そう、残念だわ。お金は前金で払ってもらえるかしら?>> 400万ルピーより世界最強の空母にスザンヌは興味を持っていた。 <<明日、日本大使館に取りに来てくれ。それでいいか?>> <<いいわ、じゃ、ムハンマド。後はお願いね>> 麝香の香りを残して美しいスザンヌは長く綺麗な脚を魅せながら席を立った。
そして秋草は下の階のスタジオに連れて行かれて撮影スタッフに囲まれた。 <<おい、リハーサルは無いのか?>> 料金を値切ったせいか手抜きのような感じがして秋草はおもしろくなかった。 <<はい、必要ないでしょう一回で撮りましょう。そのほうが返って緊張感があってい いでしょう>> そして撮影が始まり6分で終了した。
<<OK。秋草さん、テロップのウルドゥー語は後で入れときます。お疲れさま>> ディレクターは次の仕事が詰まっているのか席を立つ。 <<それじゃ、テロップは日本大使館の職員に本番で確認させるから。よろしく>> 移動するディレクターに大きな声で秋草が言う。 「何となくあわただしいな、もっと念入りにメイクをしてもいいんじゃないか」 日本語で秋草は言うが言葉は通じなかった。
そして秋草は20分足らずでヘリポートに戻ってきた。 「秋草事務次官、無事でよかった。空母鳳凰のみんなも心配しています」 若いパイロットは緊張のためか泣きそうな顔で言う。 「うん、これから高坂艦長に連絡を入れる。直ぐに飛び立て」 「はい、了解しました」 夜のカラチを高速ヘリが飛ぶ。高層ビル群の光の渦から抜け出すとパキスタン一の大 都市とはいえ寂しい夜景である。そして月明かりが山谷や森林を照らしていた。
「諸君、秋草だ。パキスタンのテレビ局から今帰ってきた。 テレビのビデオ撮りはうまくいった。明日の夜8時のニュースの後で3分間流れる。 BBC放送局から7日間連続で放映される。時間のある者は見てくれ。食堂の大画面で も放映する。それとそのテレビを見てタリバンかアルカイダから返事があるまで、この カラチ沖に停泊する。 えー、情報部を除きこれより休日体制にする。だが上陸は禁止だ。明日よりやること の無い者は空母から釣竿を垂らしてくれ。食事の足しになる。以上だ」
翌日、秋草は早朝からインターネットでカラチ沖の釣果を調べる。鯛、鮪、カンパ チ、アジが上がっていた。 そして秋草は仕掛けを作り餌を作る。冷凍用の魚の切り身を解凍して餌にする。その後 で100本近くの釣竿に仕掛けをつける。 「うーん、竿の80本はアジにするか。鮪は釣り上がらないんじゃないかな。よくて鯛 どまりか」 一人でニヤニヤしながら秋草は手際よく準備をした。
「みなさん、おはよう。秋草だ。釣りをやるものは食堂の食器置き場の横に釣竿を用意 した、取りに来てくれ」 食事を終えた秋草は食堂のマイクで全艦放送する、その後ろに顔見知りの乗員が並ん でいた。 「どうも秋草さん、えーッ、サッカー愛好会は一時間後に試合型式で始めるので準備運 動を始めてくれ」 「相撲愛好会です、廻しを締めて第4ジムに集まってください」 次々と愛好会の誘いが流れた。
茫洋たるカラチ湾の端に漁港がある。日本の小さな漁船と似ていたが4,50艘の船 が浮いていた。やはり世界一大きな原子力空母鳳凰がカラチ沖に停泊しているだけで人 々を威圧している。何しろ600メートル以上の長さがあり、中性子爆弾を搭載して上 空には軍事衛星が目を光らしている。 カラチ沖は真夏の太陽が剥きだしの光りが海に反射していた。熱せられ熱風が舞い上 がる甲板で野球をやる者、サッカーをやる者、ジョギングをする者。そして釣竿を垂ら す者さまざまであった。
ヘッドホンとマイクをつけて秋草も釣り糸を垂らしている。甲板から海面まで30メ ートルはある。竿が足らず大物釣りは燃料用の蒔きに道糸を巻き付ける。 「秋草さん、こんなもので大物が釣れるんですか?」 「うん、リールがないと糸を切られるだろうな。まあ、小型なら上がると思うが指を切 られないように注意しろ」 秋草たちの横にいるアジ釣りは既に釣果を上げている。 「秋草さん、大物釣りよりアジ釣りのほうが楽しそうですね」 「ああ、やつらは暫くすれば釣りに飽きる。そしたら釣竿が使える。我慢しろ」 休日と言うことで乗員たちは私服で涼しい姿だが、甲板の暑さには参っていた。
そして喉の渇きを覚えながら釣りは終わった。頑張ったわりには大物の鮪、カンパチ は釣れなかった。仕方なく秋草もアジのご相伴に与った。そして8時に食堂の大型スク リーンでBBCのニュースをいまや遅しと待った。 「秋草事務次官、もう直ぐですね」 艦長の高坂が秋草の横に座る。 「うん、PTV(パキスタン国営放送)も同時に流すそうだ」
暫くニュースが流れた、そのニュースでもカラチ沖の空母・鳳凰を映していた。そし てニュースの後で秋草が画面に現れた。
<<わたしは争いに来たのではない、世界平和を求めている。パキスタンの人たちに安 心してもらうためにテレビで訴えたい。われわれの目的は世界平和である。 アメリカ合衆国が指摘している通りイスラムの男尊女卑は多数の虐待や差別があり国 際的に非難されている。また人権侵害と問題が多すぎる。 特に神学校の子どもに銃を持たせるな。子どもがガタガタ震えながら銃を構える姿は イスラムと言え許せん。 われわれがいくら胸襟を開こうともお互いに理解できないことも分かっている。それ が宗教だ。 一方はイスラム教に関係のない国にする。そして昔のドイツを壁で東西に分けたように このパキスタンを分割する。 この案についてタリバン、アルカイダの指導者の意見を聞きたい。要望があれば赤い モスクに行ってもいい>> 身ぶり手振りで秋草は英語で話した。
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