そして秋草が首相官邸の会議室に入ると閣僚は既に揃っていた。そして古池総理を見 ると寝不足なのか目の下に隈が出来ていた。 「待ってたわ、秋草事務次官。急いで空母鳳凰でインド洋に行って」 「総理、任務は?」 「補給艦の護衛よ」 「しかし、護衛艦”みょうこう”、”さみだれ”があるじゃないですか?」
「それがね、あのロケット弾はタリバンの犯行なのよ。犯行声明がインターネットに流 れたわ」 「それを承知で空母鳳凰でインド洋に行けと?」 「えッ、アメリカ合衆国大統領からも空母鳳凰の出動要請があり断り切れないのよ」 と言って総理は目を逸らした。 「もし空母鳳凰がインド洋に行けばアメリカの思う壺だ。イスラムに巻き込まれ、日本 国内もテロリストの標的になる。絶対駄目だ」 「そう、命令を聞けないのなら防衛省事務次官を解任します、それでもいいの?」 <この女、また天下の宝刀を抜いたな。手に負えない> 秋草は心の中で呟いた。
「しかし総理、2012年のロンドン地下鉄細菌爆弾を忘れた訳じゃないでしょうね。 始めはテロリストの爆弾テロ事件と思い負傷者だけを病院に送った。その後タリバンが 犯行声明を発表した、それを聞いてわれわれは耳を疑った。新種の細菌爆弾で菌を吸い 込んでから8時間後に発病するとのことだった。 現場で空気感染した一般の人はそのことを知らずそのまま自宅に帰った人や人の集ま る場所に行った人、そして出張や旅行に行った人がいた。そして8時間後に発病して、 菌はロンドンから広がっていった。 ワクチンが無く、特に体力の無い子供、老人がその犠牲者になった。イギリスは世界 から1年間隔離され鎮火した時にはイギリスの人口が2割激減したという悲劇だ。うー ん、まさか総理、高齢者問題を?」 訝りながら秋草は古池総理を凝視する。
「何てばかなことを、わたしも直ぐに後期高齢者になるのよ。お国のために尽くしてく れた人々を」 と言って古池総理は言葉を止める。 「閣僚の皆様、政治家は選挙で落選すればそれで終わりだ。だがわれわれ官僚は退官す るまでその職務を全うしなければならない。この国の行政を司っているのはわれわれ官 僚だ、官僚に逆らえば長期政権は難しく保革逆転も起こる。 わたしはインド洋に行くが官僚を疎んじてもらっては困る」 閣僚を睨みつけ秋草は会議室を出て行く。
そして承諾できないまま秋草は一号空母で南シナ海、マラッカ海峡を抜けて、アラビ ア海に入る。パキスタン(パキスタン・イスラム共和国)のカラチ沖で空母を泊めた。 空母からカラチビーチを覗くと夕焼けに赤く染まっていた。何だか幻想的な景色であっ た。 パキスタンの東はインド、北東は中華人民共和国、北西はアフガニスタン、西はイラ ンと国境を接し、南はインド洋に面する。 ここカラチはパキスタンの商業金融の中心地であり、人口1400万人の最大の都市 でもある。
暫くして秋草は空母鳳凰からパキスタン日本大使館に連絡を取り、パキスタンの放送 局を紹介してもらう。 パキスタン人との会話は英語でも通用するがウルドゥー語が公用語として定められい た。 秋草は直ぐにパキスタンのBBC World Newsに連絡を入れた。 そして3分間のスポットを流したいと伝える。 <<わたしはカラチ沖に停泊中の空母にいる。高速ヘリでBBCまで飛ぶがヘリポート はありますか?>> <<はい、屋上がヘリポートになっています。わたしスザンヌがヘリポートでお待ちし ています>> <<分かった、一時間後ぐらいで行けると思います。よろしく>>
そして秋草はカラチ上空を飛びBBCのヘリポートに降りた。 「おまえたちはこの高速ヘリから絶対降りるな、わたしに何かあっても助けようとする な。直ぐに空母に帰り高坂艦長に伝えろ。それからこのビルは無線が繋がらないと思う から一時間措き程度に、この身分証明書を誰かにもたせるから、それが途切れたら無条 件に帰還せよ」 「了解しました、秋草事務次官。気をつけて」 憂え顔で若いパイロットは秋草事務次官に敬礼した。
厳しい顔で秋草が振り返ると背の高いブロンドの女性が微笑んでいる。 <<どうも、あなたはBBCのミス・スザンヌですか?>> <<はい、わたしはBBCの外商担当のスザンヌです。秋草さん、よろしく>> 秋草も微笑んで手を差し出した。そして細く長く冷たい手が力強く握り返してきた。 <<早速だが商談に入りたい>> <<分かりました。秋草さん。どうぞこちらへ>> ニッコリ笑ってブロンドのスザンヌがBBCの建物の中を案内する。そのスザンヌの 香水が秋草の鼻腔を擽る。エレベーターを降りると大きなサロンがあり、大勢の外人が 笑みを浮かべながら打ち合わせをしていた。そして秋草たちは奥のテーブルに座った。 <この中にもタリバンの仲間がいるのかな?> 口には出さず秋草は胡散臭そうに周りの外人の目を見詰る。
そしてブロンドのスザンヌとディレクターらしき男と秋草の3人が向かい合った。 徐に二人を見て秋草が話し出した。 <<わたしたちの空母はカラチ沖に停泊しているがパキスタンの人たちに安心してもら うためにテレビで訴えたい。スポンサー料は無料でお願いしたい。われわれは世界平和 のために戦っている。それに空母を動かすのに莫大な金がかかっているので>> と都合の良い条件を秋草は言う。
<<いいえ、とんでもありませんわ。民間のテレビ局なのでスポンサー料は通常通りに 支払ってください>> ブロンドの美しいスザンヌが微笑みながら言う。 <<仕方がないな、では夜の8時のニュースの後、わたしのメッセージを3分間放映し てもらいたい。放映期間は明日から一週間、わたしが英語で言うのでウルドゥー語のテ ロップを流してください>> <<分かりました、800万ルピーになります。キャッシュでよろしいですか?>> 秋草には高いのか安いのか相場が分からなかった。とりあえず値切ってみた。
秋草には高いのか安いのか相場が分からなかった。とりあえず値切ってみた。 <<うーん、ちっと高いな、半値にしてくれ。いやならPTV(パキスタン国営放送) に行く>> 立ち上がろうとした秋草の腕にスザンヌの細い指が絡まった。 <<待って、世界平和のために400万ルビーに負けるわ。 それともカラチ沖の母艦の中を撮影させてくれたら無料でもいいわ。だけど世界中に配 信するけど、どお?>>
|
|