そして無事にハドソン川からニューヨークベイに抜け、空母鳳凰は再び魔の海域バミ ューダを見ることが出来た。 「いや、一時はどうなるかと思いましたがアメリカも手が出せませんでしたね?」 と高坂艦長は言いながら秋草事務次官の顔を見る。秋草はヘッドホンとマイクを高坂 に手渡した。 「うん、通信係。秋草と高坂のマイクを全艦放送に切り換えてくれ」 「高坂艦長、わたしに聞きたいことがあるだろう遠慮なく言ってくれ。どうせ他の乗員 たちも聞きたがっている。マイクを通して聞いてもらおうじゃないか」 と、言いながら秋草は操縦室から遠くの波間を見ていた。
「それでは秋草事務次官、2号空母、軍事衛星とは何ですか?」 食い入る目で高坂艦長は秋草を見詰る。 「うん、一号空母は鳳凰、2号空母は曙。同型の日本で造った極秘の原子力空母だ。軍 事衛星は空から地上を監視する攻撃衛星だ。全て同数の中性子爆弾を積んでいる」 低い声でゆっくり秋草が話す。 「何のための中性子爆弾ですか?」 「表向きは日本の威厳を保つこと、だがわたしは世界平和を目指している」 「そうですか、本当に世界平和を築けるんですか?」 激しい口調で高坂が言う。
「うん、出来る。これより北方四島を目指す。迂回してラブラドル海を目指す。 そしてベーリング海からカムチャッカ半島へ出る」 「北方四島返還ですね?」 急に高坂艦長の顔付きが変わる。 「そうだ、氷に閉ざされる前に行かないとな」 ニャーと秋草が笑う。 「戦後70年、日本人念願の北方四島を奪還するぞ。航路を北にとれ」 高坂艦長のもやもやし霧が晴れたのか大きな声が空母鳳凰に響く。 そして空母鳳凰はラブラドル海を通りデヴォン島手前を左に舵をとりボーフォート海を 抜けベーリング海からカムチャッカ半島へ出た。
「高坂艦長、戦闘体制をとれ。中性子爆弾発射準備」 空母鳳凰に甲高いサイレンが連続して響いた。そして甲板の横の溝から不気味な弾頭 が顔を出す。 「情報部、モスクワのプーチン元大統領と話がしたい。繋いでくれ」 <<秋草事務次官、少しお待ちください>> 暫くして。 <<秋草事務次官、繋がりました。お話ください>>
<<わたしは日本国の防衛省事務次官の秋草俊だ。ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ ・プーチン元大統領閣下ですか?>> 秋草は流暢なロシア語で話した。 <<ロシア時刻、8月10日の午前10時にサンクトペテルブルクで日本の北方四島の 話がしたい。プーチン元大統領閣下、サンクトペテルブルクでお会いしましょう>> と言って、秋草はマイクを置いた。
「秋草事務次官、プーチン元大統領は話し合いに応じますか?」 「高坂艦長、先日のヒラリー大統領の放映をプーチン元大統領も見ている。まあー、無 視は出来ないはずだ」 そして秋草を乗せた空母鳳凰は真夏の北方洋上でその時を待った。
<<プーチン元大統領閣下、予定の時間になった。日本の北方四島の....>> その時、応答が入った。 <<プーチン元大統領はここにはいない。わたしはメドベージェフロシア連邦大統領だ >> 若い声だが落ち着きのある声だった。 <<これはメドベージェフ大統領、直接大統領にお話ができるとは思わなかった。プー チン元大統領の方が日本の北方四島に関しては熟知していると思いましたが?>> <<プーチン元大統領は体調を崩された。わたしが話し合う>> 秋草はその深みのある落ちついた声が何となくやり難そうに思えた。
<<それでは率直にいいますが、日本の北方四島の返還をお願いする。 四島で3000所帯強、2万人近くの島民を近くの得撫島かカムチャツカ半島にロシア 政府の責任において移住させてもらいたい>> ゆっくりと秋草は言う。 <<分かった、ロシアは石油、天然ガスで潤っている。島民の生活も保障しよう>> 意外な返事に秋草は気持ちが悪かった。 <<メドベージェフ大統領、感謝します>>
<<その代わり、ロシアの内政に口を出さないでもらいたい。それが条件だ>> 狡賢いやつだと、秋草は眉を寄せる。 <<メドベージェフ大統領、わたしは取引をしない。戦争は全面的に反対だ。無条件に 日本の北方四島の返還を要求する>> <<嫌だといったらどうする?>> <<モスクワ、サンクトペテルブルク、イルクーツク、ウラジオストック、ハバロフス クの生物を大型中性子爆弾が抹消してくれるだろう>> <<ふざけんな、わたしを恫喝するきか?>> <<恫喝ではない、忠告だ。1年以内に島を明け渡せ>> 威圧する秋草の声が響いた。
<<いいだろう、日本の北方四島は1年以内に返す>> 損得を考えメドベージェフ大統領は同意する。石油、天然ガスで潤うロシアにとっ て、北方四島の水産資源などどうでもよかった。それより秋草にロシアの内政干渉され るのをメドベージェフ大統領は嫌がった。 <<秋草、何をやろうとしているのだ。気持ちの悪いやつだ>> メドベージェフ大統領の本音が出た。 <<世界平和だ、世界を一つにする。資源もみんなで共有する>> <<そのために中性子爆弾をちらつかすのか?>> <<ちらつかすのは本意ではない、世界を一つにするために邪魔な部分を削除する>>
<<世界を一つにしてどうする?>> <<国制度を廃止する、地球が一つの国だ。そして適正な人口制限を行い、世界を争い の無い平和な世界にする。その後、宇宙開発を目指し生き残る若者を宇宙へ送り出す。 それがわたしの役目だ>>
<<そうか、だがなぜ宇宙を目指すのだ?>> <<地球は環境破壊で修復が出来ない、早くて100年。もって300年の命だ>> <<その数字はどこから?>> <<わたしが論理的思考による推察から求めた数字だ>> <<よく分かった、これで失礼する>> <<ありがとう、メドベージェフ大統領閣下>> 話し合いを終えて空母鳳凰はゆっくりと白波を立て根室沖を進む。
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