その途端、ニューヨークでは大パニックが起こった。証券市場に空売りの雨が振り石 油が高騰する。だが市場は非常宣言を告げ、システムを落とし逃げ出した。右往左往す る人の波で車が動けない。まるでマンハッタンの密集した高層ビル群が揺れ動いている ようであった。
顔を歪めヒラリー大統領がモニター画面を見る。 <<そうか、そのまま待機せよ>> ゲーツ国防長官の隣に座っていた厳つい顔のドナルド・ウィンター海軍長官が言った。 <<うーん、ドナルド。どうしたの?>> ヒラリー大統領が顔を向けた。 <<フフフッ、大統領。日本国の空母はアメリカ合衆国海軍が包囲しました。ご命令が ありしだい15秒後に300発のミサイルを空母に撃ち込めます>> ニヤつきながらドナルド・ウィンター海軍長官が言う。
<<ゲーツ、空母は何秒で中性子爆弾を発射できるの?>> ヒラリー大統領は焦る気持ちを隠すようにゆっくりとした口調で言う。 <<大統領、空母の特化した甲板が既に開いています。10秒以内で発射できます>> 「まずいわ。一つでも中性子爆弾が舞い上がったら」 ヒラリー大統領は顔を小さく振った。 <<大統領、それではアメリカ合衆国空軍が空母の上空を埋め尽くしましょうか?>> 「待って」 ヒラリー大統領は右手を広げた。そして目を閉じた。
<<何なの、さっきから何か聞こえる?>> ヒラリー大統領は聞き取ろうと広げた右手を耳の後ろに翳す。 <<こちら一号空母の秋草。二号空母の加藤。聞こえるか?>> <<こちら二号空母の加藤です。太平洋沿岸のカリフォルニア沖に待機しています>> <<中性子爆弾の発射準備して命令を待て>> <<こちら加藤、了解しました>> <<こちら一号空母の秋草。軍事衛星コントロールセンター。聞こえるか?>> <<こちら軍事衛星コントロールセンターの山本です。よく聞こえます>> <<中性子爆弾の発射準備して命令を待て>> <<中性子爆弾の発射準備して命令を待て>>
その声にヒラリー大統領の顔から血の気が引くそして体がふらついた。 <<こちら空母鳳凰の秋草。ヒラリー大統領。聞こえますか?>> <<こちら>> ペリーノ米大統領報道官が青い顔でヒラリー大統領に駆け寄った。 <<いけません、大統領。この回線はアメリカ全土に放映されます>> 一瞬、ヒラリー大統領は躊躇し小さく頷いた。 <<日本国空母のミスター秋草。わたしはヒラリー・クリントン。アメリカ合衆国大統 領です>> ヒラリー大統領は自ら気分を高揚させた、そのため声が高めであった。 <<これはヒラリー大統領。お恥ずかしいが海路に迷い、ニューヨークまで来てしまっ た。上陸して非礼をお詫びしたいのですが、搭載している中性子爆弾の誤爆が無いとは 限りません。このまま引き上げたい、歓迎の戦艦をどけてもらいたいのですが?>> 秋草の惚けた声にヒラリー大統領の片眉が攣り上がった。 <<ミスター秋草、日本とアメリカは同盟国です。事前に連絡して頂ければアメリカは 歓迎します>>
<<ありがとう、ヒラリー大統領。これからも末永い同盟関係をお願いします。これは 日本国民の願いです>> <<ミスター秋草、約束するわ。ゲーツ、海上封鎖を解きなさい>> <<あの、ヒラリー大統領。もう一つお願いがあります>> <<何ですか?>> <<これからは世界平和のため原爆の製造、実験は硬く禁止します。日本の軍事衛星が 各国を監視します。疑いのある国は敵国とみなし中性子爆弾で制裁します。アメリカ大 統領、ご理解ください>> ヒラリー大統領は顔を振るわせる。 <<それは承諾できないわ、国連で採決しないと>> <<いや国連はその役割を果たしていない、日本は戦争で原爆の被害を受けた唯一つの 国だ。アメリカ合衆国は自分たちの過ちにノーとは言えまい>>
<<いいえ、戦争を長引かせないために原爆を使用したのよ>> ヒラリー大統領が言い返した。 <<広島のウラン原爆、長崎のプロトニューム原爆。原爆のデータを取るために実験場 にした。そして安易に作れるプロトニューム爆弾が大量生産された>> <<何が言いたいの、秋草?>> <<わたしは地上から核戦争をなくしたい。いや、人類に生き延びてもらいたい。大統 領の判断しだいで人類の幕引きになる>>
青天の霹靂でヒラリー大統領は顔を顰める。そしてヒラリーの爪を噛む癖が始まる。 <<意味がよくわからないわ>> 独り言のように呟きヒラリー大統領は首を傾げる。だが次の瞬間、ヒラリー大統領は 万遍の笑みを浮かべた。 <<わたしは日本の考えを支持します。永遠に日本はわれわれの同盟国です>> その途端、世界の戦力の序列が決まった。
<<ありがとう、ヒラリー大統領閣下。わたしはヒラリー大統領閣下に支持していただ けると確信していた>> <<ところでミスター秋草、これから何をするの?>> <<ゆくゆくは世界人口を今の半分以下にする。どうやっても食料が追いつかない。 そして世界中の兵器の製造中止、余った軍事費を宇宙開発に向ける。問題はイスラム原 理主義だ。テロ攻撃は話し合いの余地はない。何れは戦うことになるだろう>> <<じゃ、タリバンとも戦うの?>> <<世界平和のために避けては通れない。大統領、邪魔をしたこれで引き上げる>> <<分かったわ。ゲーツ、みちを開けなさい>> <<大統領、了解>>
空母鳳凰の甲板に数百人の軍人が姿を見せる。その中に背広を着た秋草の姿もあっ た。アメリカのテレビ局はその姿をいつまでも放映していた。 「高坂艦長、引き上げだ。言うまでも無いが喫水には十分気をつけてくれ。艦の底を擦 ったら話にもならない。画竜点睛を欠くな!」 秋草の厳しい声が艦内に響いた。
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