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作品名:日本の近未来 作者:佐藤 神

第27回   27

 船長室に入ると大きな部屋で荷物は無くガラーンとしていた。そしてもう一人の日本
人が秋草に会釈して礼を言う。6人の中国人は緊張した顔で秋草を見る。その顔は日焼
けして鶸が深かったが目だけが異常に輝いていた。
 その刹那、秋草の脳裏には北京の早朝、公園で太極拳を舞う老人たちが蘇る。
<<ニーハオ、海賊は捕まえた、もう安心だ。わたしの言葉が分かるか?>>
 と言って秋草は笑った。

<<はい、広東語は分かります。でもあなたは日本人でしょ?>>
 やや安度した表情で白髪の混じった中国人は秋草を見る。
<<わたしは北京に10年間住んでいた。そのお蔭で北京語も広東語も話せる。
怪我人はいないか?>>
 6人の中国人の顔をを見ながら秋草は大きな声で言う。
<<大丈夫です、みんな無事です>>
<<それはよかった。船長は中国語が苦手らしい、何か要望があればわたしが通訳して
伝えるが?>>
<<いや、別に無いです>>

<<何でもいい、言ってくれ。例えば食事の量が少ないとか?>>
 秋草は6人の顔を順番に見る。
<<あの、時々頭痛がするので薬があればもらいたい>>
 若い中国人がはにかみながら言う。
<<うん、分かった用意する。他にないか? どうですか?>>
 端にいた長老の中国人を見ながら秋草が言う。
<<じゃ、わしは甘いものがええのう>>
 と言って長老はニヤーと笑う。前歯が1本欠け愛嬌があった。
<<分かった、具体的に何がいいのかな? はっきり言ってくれ>>
<<うーん、アンマンかな>>
<<中華饅頭のアンマンのことですか?>>
<<そうだ>>

<<分かりました。他にアンマンを食べる人は手を上げて>>
 その瞬間、5人が元気よく手を上げた。
<<日本人は?>>
 と広東語で言って秋草は振り返り船長を見た。
「えッ、何ですか?」
 訳がわからず船長はびっくりした顔で秋草を見る。
「あッ、失礼。彼らから要望がありまして頭痛薬とアンマンが欲しいと。空母に帰って
持ってきますが、船長とそちらの方はどうしますか?」
 2人は顔を見回した。
「すいません、われわれの分もお願いします。それと頭痛薬はこの船にもあります。こ
れから持ってきます」

「高坂艦長、聞こえるか?」
<<はい、聞こえます。アンマンと肉まん、煎餅、クッキーを詰めて小型ヘリコプター
でタンカーの甲板まで届けます>>
「うん、よろしく頼む」

 そしてアパッチと小型ヘリコプターは空母鳳凰に戻る。空母鳳凰は島陰からその勇姿
を現した。威風堂々とマラッカ海峡の荒波に白波を立て空母鳳凰は進む。
「高坂艦長、海賊退治は護衛艦に任せ、本艦は大西洋に出てアメリカへ行く」
「えッ、アメリカですか?」
「うん、戦争に行くわけではない。ひと泡吹かせる、幹部を大会議室に集めてくれ」
「分かりました」
 高坂艦長は心配するより何かを期待するかのように秋草を見詰る。

 そして大会議室で秋草は自らの考えを吐露する。
「みなさん、戦後70年以上が過ぎました。日本は経済大国と呼ばれた時代もありまし
た。それもこれも昔の夢です。アメリカのサブプライローンの経済破綻により世界は今
も疲弊したままです。
 今さらわたしが言うまでもないが、天災ならあきらめもつくが間違いなく人災です。
経済破綻を起こした責任者を罰せず税金を投入して犯罪者を太らしている。
 日本もその影響で未曾有の円高が進み、製造不況に巻き込まれ何十万という中小企業
の経営者が会社を閉め、労働者が巷に溢れている。
 これまで日本はアメリカの言いなりだった。70年以上ノーといったことが無い、そ
のためアメリカは日本のことを番犬ぐらいにしか思っていない。いや猿かもしれない。

 昔の映画で”猿の惑星”があったが、猿は日本人がモデルだと言う話だ。原作者が戦
争で日本兵の捕虜になり嫌がらせを受けたみたいだ。だがわれわれは猿ではない。
 勿論、戦争を仕掛ける訳でもない、この空母鳳凰でニューヨークまで乗り込んでやろ
うと思っている。命がけの悪戯だが反対する者は挙手してくれ、海賊退治の護衛艦に移
すから」

 言い終わると秋草は会議室を見回す。
「この会議室には反対者がいないみたいですね、秋草事務次官」
「そうだな、もし日本に骨のある閣僚がいれば、わたしみたいなやつは解任させられる
と思うが日本に帰るのが楽しみだ。では前回と同じようにサーバに全員のファイルが用
意してある。肯定、否定を今日の22時までに打ち込んでくれ。否定者は護衛艦と一緒
に日本へ帰ることになる。遠慮するな」

 突然なことに悩む隊員もいたが最終的に護衛艦へ移る者はいなかった。
「高坂艦長、明日よりアメリカのバミューダ島を過ぎるまで休日体制にせよ。但し情報
部は24時間体制維持。あと食事は平時体制にしよう」
「はい、秋草事務次官。食事がインスタントものばかりだと苦情が出ますからね」
「うん、アメリカのバミューダに着くまでは緊張させるな。疲れるからな」
「そうですね、それとニューヨークまでのコースは決まっているんですか?」
「インド洋から南アフリカを通り、大西洋に出る。そのままバミューダからハドソン川
に入る。そしてリバティー島の自由の女神を一周して引き上げてくる」
「そうか、それで水と食料を1カ月分追加したんですね?」
「そうだ。しかし、今年のニューヨークは異常に暑いみたいだ」
 笑いながら秋草は奥歯を噛みしめる。


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