「勿論、利用させてもらいますよ」 高坂艦長が大きく頷く。 「うん、それと1週間前に有給休暇を使いわたしは1人でピョンヤンに行ってきた」 その途端会場の全員が秋草を凝視する。 「まあ、ピョンヤンの入国審査で強制送還されると思っていたが何も聞かずに通してく れた。そして美女軍団にいたキムさんがわたしの前に現れた。 今回来た理由を聞かれたので、わたしはその後が知りたくて将軍様に会いに来たと言 った。そしたら車で宮殿まで送ってくれた。だが残念なことに将軍様は地方に視察に行 っていた。わたしは折角きたんだからと思い広報官の女性に面会を申し込む、そしたら 広報官のリ・チュンヒさんが笑顔でわたしを迎えてくれた」
天井を見つめて秋草は話し続ける。 「約束どおり拉致被害関係者には一切のお咎めはなく、軍部は新規に兵隊を入隊させず 自然崩壊させるということで将軍様と軍部が妥協したと言っていた。 それでなくても軍部には資金が無く、満足に給料を払っていないので崩壊するのは早ま るのではとも話してくれた。そして将軍様は食べ物を作るため郊外にある農園の視察に 行っていますと言って微笑んだ」 と微笑みながら秋草は会議室を見回す。
「まあ、このようなことだった。後は細かくなるのでわたしの話はこれで終わる」 「あれ、秋草事務次官、その細かい話とは何ですか。マラッカ海峡までは時間がいくら でもあります、話してくれませんか?」 高坂艦長が秋草を見詰る。 「うん、そうか。わたしはリ・チュンヒさんと軍部解体後の治安維持を話し合った。 推定人口2000万人の治安維持には20万人の警察官が必要だと話した。軍部の武器 をそのまま引継ぎ国内の治安にあたる。もしそれだけの予算が無ければ、国連軍の駐留 を要請するしか考えられない。さもなければ内戦が勃発して、難民が韓国に300万人 以上流出する虞がある。この考えはリ・チュンヒさんの考えとほぼ同じだった」 高坂艦長も厳しい目で秋草を見詰る。
「食糧難を考え、食料米でなく飼料米を品種改良して北朝鮮にあった米を早急に作る。 また鳥インフルエンザが発生した場合の対応を明確にするべきである。と言った」 と首を捻りながら秋草は言う。
「うん、以上が全てだ。拉致被害者返還に参加して今回これなかった乗員に会ったらこ のことを伝えてくれ。勿論、今乗っている諸君には心から感謝する。じゃ、高坂艦長、 あとはよろしく」
そして空母鳳凰はシンガポールを通り、ルパト島の裏に空母を泊める。 「こんな大型空母を見たら海賊は姿を隠すだろうからここで通信を傍受する。それと小 型ヘリコプターでヘリの音が聞こえないぐらい上空からマラッカ海峡を監視する」 と秋草は言って高坂艦長を見る。 「待ち伏せですね?」 「うん、この辺はマレーシアの領土だ。そのマレーシアの警備隊の誰かが海賊に買収さ れている。迂闊に強力は得られない」 秋草は小さく首を横に振る。 「そうですか、どの国も腐敗していますね」
空母鳳凰はルパト島の裏で息を殺してマラッカ海峡を覗いていた。そして3日後。 <<緊急連絡、緊急連絡。SOS信号を受信>> 空母鳳凰の艦内に甲高い声が響いた。 「秋草だ、位置を確認して監視中のヘリに知らせ確認させろ。攻撃用ヘリコプター・ア パッチ出撃準備せよ。 わたしは1号機に乗り込む。このマイクは艦内に流し続けろ」 と走りながら秋草は怒鳴り、甲板で大きな羽を回しているにアパッチに乗り込む。
「アパッチ出動せよ」 「了解、しっかり掴まっててください」 アパッチの機体が浮いたと思ったらつんのめるように急上昇してマラッカ海峡の真っ 青な空に消えた。 「秋草だ、監視ヘリ聞こえるか?」 <<聞こえます、大型タンカーが小さな船に襲われています。武器は軽機関銃のようで す。危険なのでこれ以上近づけません>> 「了解した、後は引き受ける。監視ヘリは引き続きマラッカ海峡全体を監視してくれ」 「はい、了解」 暫く飛ぶと前方に深紅の船体に白く塗られたタンカーが秋草の目に入る。船首に日の 丸が見える。白い航跡が見えずタンカーは既に停船しているように思えた。 海賊船の後ろから近づくとみすぼらしい小型船であった。
秋草はアパッチの固く閉ざされている防風窓を力を込めて少し開ける。 その途端、マラッカ海峡の風が唸りを上げて吹き込んできた。アパッチのヘリの轟音と 共に海賊たちの攻撃する銃音が聞こえる、そしてタンカーの長く短い悲鳴のような汽笛 が鳴り響いていた。
「アパッチ、横一列に並べ。海賊船を攻撃するが船を破壊するな、生きたままマレーシ ア警備隊に渡したい。 海賊船をよく見ろ、船の後ろに2基のエンジンが見える。そのエンジンだけを攻撃す る。標的を海に合わせて機銃を少しずつエンジンに近づけエンジンに命中したら攻撃を 止めろ。分かったか?」 <<2号機、了解。3号機、了解>> 「攻撃開始」 攻撃用アパッチの機銃がドッドッド、と不気味な音を上げ海面から水柱が上がる。そ してエンジンが破壊され攻撃は止まったが海賊船の後ろが海水に浸かる。そして半分近 くの海賊はアパッチを見て慌てて海に飛び込んだ。
「こちら秋草、情報部、聞こえるか?」 <<はい、情報部です>> 「マレーシア警備隊に連絡してくれ、日本の海上自衛隊が海賊船を捕まえたので引き取 りに来てくれと伝えてくれ」 <<了解しました>> 「よし、では2号機と3号機はそのままホバリングして監視せよ。1号機はタンカーに 傷が無いかゆっくり飛びながら調べろ。そしてタンカーの甲板に着陸する」 <<2号機、了解。3号機、了解>>
1号機は機体を傾けタンカーの外壁を端から端まで調べる。そして船長の待つ甲板に 着陸した。 「どうも、わたしは日本の防衛省の秋草です。SOSを聞いて助けに来ました。タンカ ーの致命傷はありませんでしたが、怪我人はいませんか?」 微笑みながら秋草が言う。 「いや、ありがとう。海賊に銃で撃たれたときはもう駄目かと思いました。日本人2 名、中国人6名。怪我人はいません。本当にありがとう」 船長は涙眼で秋草の手を両手で強く握りしめた。
「そうですか、船長は中国語を話せますか?」 「いや、余り得意じゃない」 「じゃ、わたしが今の出来事を中国人に説明して安心するように言いましょう」 「それはありがたい。あそこの操縦室にみんなでかたまっています」 船長は苦笑いして秋草を船長室に案内する。
|
|