そして翌日から秋草はサロンで日本語の知らない帰国被害者に日本語を教えた。 帰国被害者39名中24人が日本語を知らなかった。 <<みなさん、帰国するまでに簡単な挨拶が出来るようにしますから>> <<しかし秋山さん。若ければ覚えも早いがわれわれ年寄りは難しいな>> 年配の帰国被害者があきらめ顔で言う。そして周りの人も頷く。 <<わたしは人の心が読めます。また催眠術で日本語を楽しく覚えさせることが出来ま す。そしてみなさんの不安な気持ちを取り除きます>> と言って秋草はやさしく微笑んだ。
そして秋草の言うとおり催眠学習で全員簡単な会話が出来るようになった。それより 秋草は帰国被害者の暗く引っ込み思案の気持ちを見事に明るく積極的な性格に変身させ た。それを見て家族会の代表が涙を流して喜ぶ。
だが秋草にも悩んでいたことがあった。 「あの雨の中、土下座した白髪の老婆に何て報告すればいいのか」 秋草には辛い4日間になった。 しかし横須賀港に着いたら、その白髪の老婆は2日前に息を引き取ったと聞いて秋草は 心の中で手を合わせ詫びた。その横でその白髪の老婆の家族が拉致解決を聞いて喜んで いたと話していたが、秋草の耳には入らなかった。
それから2ヶ月が過ぎた。 「クッソ、今日も暑いな。毎年続く異常気象はいまや異常ではなく正常なのか」 訳の分からないことを呟きながら、秋草は照りつける真夏の太陽を睨みつける。首周 りにまとわりつく熱風、背中を伝わる汗に顔を顰める。 事務次官室に入ると防衛大臣から首相官邸に直ぐに来るようにという伝言が会った。 「また補正予算の削減の話かな、財源が無いからなあ」 秋草が首相官邸に着くとすでに閣僚が顔を揃えていた。 「あッ、秋草事務次官遅かったわね。ここに座って説明するから」 古池総理が微笑みながら秋草を促す。 「話と言うのは、マレー半島とスマトラ島の間にあるマラッカ海峡の海賊のことなんだ けど。世界不況でまた海賊が暴れだしたと言う連絡を受けたの」 「そうですか、ラヌーンの仕業ですか?」 「はあー、それは聞いてないけど」 「秋草事務次官、マラッカ海峡は日本にとっても石油を運ぶ大事な海路だ。アメリカ海 軍が動かない以上わが海上自衛隊がその安全を確保しなければ」 防衛大臣が険しい顔で言う。
「分かりました、早急に護衛艦を回しましょう」 「それがだな、原子力空母鳳凰を回してくれと言ってきているのだ」 防衛大臣が言うと古池総理が秋草の様子を覗うように一瞥する。 「それは蟻に象が挑むようなもの、海賊船は芦ノ湖の海賊船や大きな帆船でもありませ ん。タグボートのようなシンプルな小型船です、乗っている海賊も20名前後です。武 器も軽機関銃、中には旧い銃をいまだに使っているそうです。 通常は銃を発砲して船を停めさせて、人質を取り身代金を要求するのがやつらの手口 です。 「そうか」
「はい、海賊が無くならないのは海賊が家業だからです。刑務所に入ろうが出所すれば また海賊をやる。死ぬまで海賊は直りません。それと不景気だから失業した若者が海賊 に転職しています。 国がどうにかしないと海賊は減りません。それに最近は警備隊の動きが海賊に筒抜け になっていると言うことです。アメリカ海軍はそれを知っているから要請があっても動 きたくないんでしょう」
「うーん、よく知っているな?」 外務大臣が首を傾げる。 「はい、アメリカ太平洋艦隊所属・第7艦隊のジョン・ミラー・バード海軍中将司令官 から聞きました」 誇らしげに秋草が言う。 「いいわね、いいお知り合いがいて」 拗ねたように古池総理が言う。 「分かりました、ともかく行きましょう、空母鳳凰で海賊を蹴散らしてやりますよ」 笑いながら秋草は言う。
「じゃ、お願いするわ」 「ですが、条件が一つあります。情報が海賊に筒抜けなので隠密で行きます、空母鳳凰 の出動要請には前向きに検討すると返事をしてください。それと日本のメディアにも何 も言わないでください」 「そう、メディアに発表できないのは残念だけど条件を呑むわ」 「では空母鳳凰、マラッカ海峡に行ってきます」
その翌日、空母鳳凰は横須賀港から真夏の太平洋を南下した。 「秋草事務次官、お久し振りです。あれから2ヶ月が過ぎましたね」 「そうだね、今回もお世話になります」 と言うと秋草はニャと笑った。 「えッ、何かあるんですか。水と食料を1カ月分余分に追加しましたね。それと関係あ るんですか?」 不安げに日焼けした高坂艦長が聞く。 「まあ、お後の楽しみに取っとこう」
そして伊豆半島・石廊崎沖を過ぎたころ秋草は大会議室にいた。 「こちら秋草、このマイクを全艦放送に切り換えてくれ」 <<秋草事務官、了解しました。どうぞ>> 「みなさん、秋草です。今回も乗艦してもらい感謝します。前回4182名が乗り組み ましたが今回は3962名です。220名に乗艦を断られました。やはり中性子爆弾に 対する拒否反応だと考えます。 だが色々な理由により乗組員の補充はしていません。今回の目的はマラッカ海峡の海 賊退治です」 と言って秋草は会場を見回した。
「それよりみなさんに報告します。前回の拉致被害者の結末です。帰国者の39名の 内、引き取り手がいたのは17名でした。残った22名は新潟県の佐渡島にホテルを設 立してそこで働くことになりました。 大企業や新潟県の寄付金、サド・エイドの売り上げ。そして旧家族会の援助。それら の支援でホテル偲ぶ会の工事が始まっています。現在22名は地元のホテル、旅館のご 好意で研修中です。何れメールが届くと思いますが防衛省と外務省は全面協力します。 是非ホテル偲ぶ会を利用してください」 秋草は左右を見回した。
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