「そうだ、わたしが空母鳳凰を使い拉致問題を解決させることを日本の総理、アメリ カ、中国、韓国、ロシアに根回しをしてきた。それを外務省の政務次官如きに邪魔をさ せないぞ」 眉を吊り上げ秋草が目の前の大山政務官を睨みつけた。 「いや分かった、わたしは手を引く。知らなかったんだ」 大山政務官が怯えるように言う。 「そうか、他の29人の外務省の方々も大山政務官と一緒に帰るか?」 怒りが収まったのか秋草は穏やかに言う。大山政務官の隣に座っていた男が大山政務 官を横目で見ながら言う。 「わたしたちはお手伝いをしたい、長年の拉致問題が解決できるなら何でもします」 秋草は期待していた言葉を聞くことが出来て内心安度した。
「わたし一人で政府専用機を使うと申し訳ない、解決して引き上げるまでここにいてい いかな。口は出さない?」 落ち着いた口調で話していたが大山政務官は予想外の展開に次の選挙が気になってい た。大山政務官はこの拉致問題を自分の手で解決させれば副大臣、いや大臣の椅子も狙 えると勇んで乗り込んできたが甘い考えだっと覚った。
「いいですよ、大山政務官。ではみなさん説明します。拉致被害者聞き取りを10チー ムに分けて行ないます。家族会1名、外務官1名、通訳1名、それと自衛官1名を一つ のチームとします。 北朝鮮からドライバーつきの10台の車、それと以前北朝鮮側の拉致調査に携わった 調査員1名の合計6名で現地聞き取り調査をします。ここまでに質問はありますか?」
「秋草事務次官、わたしは外務官のリーダーの安藤アジア大洋州局次長です。現地での 外務官と自衛官の役目は何ですか?」 表情を変えず安藤次長が言う。 「うん、自衛官は調査活動ををデジタルカメラで残す。必要な書類もデジタルカメラで 撮る。そして訪朝できない家族会の人にビデオで説明できるようにする。それと自衛官 は携帯電話で本部、つまりここと常時連絡をとる。 外務官は聞き取り調査とチームの統括だ。自衛官は調査に口を出さない」 「分かりました」 納得したように安藤アジア大洋州局次長が頷いた。 「それと、調査が思うように進まなくても焦るな。全て考えてある」 優しく秋草は微笑んだ。
そして1週間が過ぎた。秋草の思惑通り調査は思わしくなかった。 家族会の依頼件数は42件で、もし時間があれば調べてもらいたいと言う優先度の低い 依頼が19件だった。だが1週間で判明したのは6件だった。 その夜の会議。 「みなさん、ご苦労さまでした。わたしは大清水二等海尉です。秋草事務次官は空母鳳 凰に戻っています。今夜、空母鳳凰から将軍様に調査達成度が上がるように訴えると言 ってました」 その時、片隅で手が上がった。 「何ですか、大山政務官?」 「ちょっと聞いてもいいかな?」 「どうぞ、大山政務官。何の質問ですか?」 「うん、将軍様に何を訴えるのだ」
「はい、”調査が遅れているのは人民が協力しないからだ。協力する気があるのか”と 将軍様に文句をつけます」 「それで?」 「将軍様は”そんなことはない、協力していると”言います」 「うん、それで?」 「はい、”拉致解決に協力した者には将軍様からの贈り物、米5キロを与えることをお 許しください”と秋草事務次官が言います。 そして横に積んである米袋を見せるそうです。その米袋には朝鮮語で大きく将軍様か らの贈り物と書いてあります」 「それじゃ将軍様は反対できないな」
「そこでもう一言、”拉致情報を知っていて調査団に協力しない者は処罰すると、将軍 様からお話頂ければ人民は間違いなく協力します”と言います」 「そうか、日本を出る前から秋草事務次官はこうなることを読んでいたのか?」 「はいそうです、でもそれだけではありません。日本の拉致だけではなく他の国の拉致 も解決させ北朝鮮を住みやすい国にすると、われわれにその方法を詳しく説明されまし た」 笑みを浮かべて大清水二等海尉が言う。
「その日本以外の国の拉致問題を解決させる方法はどうするんだ?」 「はい、日本の拉致聞き取り調査が順調に進めば、他の国の拉致された人は”自分は無 事だ安心してくれ”と自国に伝えてくれと必ず言ってくるはずだ。と秋草事務次官が言 ってました。 そして帰国する時、将軍様にお礼を言いたいとテレビ中継させ、将軍様に貢物を進呈 する。その時、他国の拉致被害者を将軍様の方から世界に向け発表してもらいたいと言 うと言ってました」 「そこまで考えていたのか」
「いいえ、拉致問題を解決させ軍部を解体させることが最終目的です。将軍様の求心力 が落ち軍部が政権を掌握したらミャンマーの二の舞だと」 「まさか、そんなことが出来るのか?」 「何でも、”亡きキム・イルソン国家主席は朝鮮戦争の後、自力更生を標榜した。今で も外すことなくその道を歩んでいるのか”と訴えるそうです」 「そうか、3代目の力が落ちてきたので初代のキム・イルソン国家主席の言葉で縛りつ けようと言うのか?」 「わたしには分かりませんが、あの手この手で北朝鮮を再生させようとしています」 「じゃ、原爆は廃止させるのか?」 「いえ、北朝鮮にとって原爆は最後の切り札、迂闊に手を付ければ将軍様と軍部が強く 結びつく虞があるので当面はそのままに」 「そうですか」 と言って大山政務官は腕を組み眼を瞑った。
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