<<将軍様からの連絡です。われわれは日本国の拉致被害者調査を無条件で受け入れま す。われわれは戦いを好みません。話し合いに応じます>> 丸顔の中年の女性の報道官(リ・チュンヒ:1943年生)がにこやかに微笑みながら言 う。彼女は放送の内容によって抑揚や言葉遣いを自由自在に操ることができ北朝鮮では 超エリートである。そして直ぐに秋草が笑みを浮かべて応答する。
<<将軍様の優しいお心に感謝します。本国から拉致被害者調査団50人が明日の昼過 ぎにピョンヤン国際空港に飛来します。空母の自衛隊員は大型ヘリコプターで30名が 午前中にピョンヤン国際空港に到着します。 その人数が調査団の総人数です。明日の午後から前回北朝鮮側で調査した人と打ち合 わせを行い、拉致確認は明後日の朝から3週間の予定で行ないます。拉致確認が済んだ 人で日本に帰国希望する人だけ将軍様のお許しを得て帰国させます。
そのため調査団を効率よく拉致確認するため10チームに分けます。1チームに1 台、合計10台の車と道に詳しいドライバーをお貸し願いたい。 あとずうずうしいお願いですが、100人近い人間が3週間も生活するのでピョンヤ ン国際空港の貴賓室をお借りして拉致被害者調査本部を設けたいので将軍様のお許しを 頂きたい>> 暫くして秋草は将軍様からお許しを得た。そしてそのことを首相官邸に伝える。
その翌日、秋草と30名の隊員は2機の輸送用Z−8ヘリコプターに分乗して空母 鳳凰を飛び立った。そして朝鮮半島上空からピョンヤン国際空港に一直線で飛ぶ。 上空から朝鮮半島を覗くとほとんどが森林繁る山並みであった。そして湖が見える。 「いいなあ、自然があって」 秋草はのんびりと呟いた。
そして3時間後、輸送用ヘリコプターはピョンヤン国際空港の上空にいた。 <<こちら日本国・防衛省事務次官の秋草です。将軍様のお許しを得ているピョンヤン 国際空港に着陸したい。どうぞ>> と秋草は朝鮮語で怒鳴った。 <<こちらピョンヤン国際空港。話は聞いている。滑走路の外れの格納庫の横に着陸し てください>> 電波障害のせいか秋草には切れ切れに聞こえた。 「よし、滑走路の外れの格納庫の横に着陸しろ。2号機、聞こえたか?」 「2号機、聞こえています」 そしてヘリコプターを傾け着陸する。暫くしてドアが開き秋草が降りてきた。 秋草はピョンヤン国際空港をゆっくり見回す。そして右手を上げる。それを合図に1号 機と2号機の輸送用ヘリコプターから隊員が整列して出て来た。
海上自衛隊の制服を着た隊員の前に背広姿の秋草が立ち、短い挨拶をする。 そして調理道具や食材、毛布などを何十台かの台車に乗せ空港内へ搬送させた。列の最 後に4人のコックがおたまや鍋を持っていた。 「うーん、流石に貴賓室だ。赤い絨毯にシャンデリア。一流のホテル並だな」 一般客は事情を知らないのか怪訝そうな目で見ていた。 「大清水二等海尉、後は頼む。わたしは日本からの拉致被害者調査団の受け入れ準備を する。調査団は56名だ。それとちょっと待ってくれ、ピョンヤン国際空港側から使っ ていい厨房とトイレを聞いてくる」 と言って秋草は空港の案内カウンターに行き制服を着た女性と何か話していた。そし て小走りに階段で上へ上がる。
暫くして秋草は人民服を着た若い女性を連れてきた。 「大清水二等海尉、今回の拉致被害者調査団の窓口になっているキムさんだ。日本語が 少し分かる」 <<キムさん、彼はここの隊員の責任者。オオシミズです、よろしく>> キムは昔、北朝鮮の美女軍団にいた。そして日本のスポーツ新聞を飾ったこともあり いまでも愛らしい顔をしている。 「大清水、後は任せたぞ。必要なものがあればヘリコプターで空母からもってこい」 「はい、秋草事務次官。ありがとうございました」
そして秋草はピョンヤン国際空港のシンプルな送迎デッキからピョンヤンの曇ってき た上空を暫く見上げていた。 <<ジー、ジー、ジー>> 秋草の携帯電話が鳴った。そして秋草は携帯電話を取り出した。 「もしもし、秋草俊です」 <<こちらピョンヤン国際空港コントロールセンターです。お待ちの日本からの飛行機 が到着します。3番ゲートでお待ちください....>> <<了解しました、ありがとう>> 暫く上空を見上げていたら政府専用機2機が肉眼でも確認できた。 「あの晩の白髪の老婆は搭乗しているのかな、でも年からして無理かな」 首を傾げながら秋草は3番ゲートに向かう。 黒服集団が通り過ぎ民間人の家族会が出てきた。しかし、あの晩の白髪の老婆の姿が見 えなかった。それと黒服集団の目つきが鋭いのが秋草は気になっている。
「みなさんご苦労さまです、防衛省事務次官の秋草です。控え室に案内します」 全員を見ながら秋草が言う。そしてそれぞれが荷物を置いて会議室に集まった。 「それでは明日からの拉致被害者調査方法を説明します」 秋草は会議室を見回し大きな声で言う。 「いや、調査はわれわれ外務省が行なう」 白髪の混じった中年の男が言う。秋草よりはるかに年上だった。 「うん、誰だ?」
「わたしは外務省大山政務官だ」 と言って大山は秋草を睨む。 「そうか、政治家が出てきたのか、それじゃ調査の概要をここで話してくれ」 おもしろくなさそうな顔でしぶしぶ秋草が言う。 「そうだな、明日、北朝鮮を交えて決める」 大山政務官には具体的な考えは無かった。
「大山政務官、弾道ミサイル・テポドンやノドンは発射準備済みのままだ。短期間に調 査しなければならない」 怒った顔で秋草が言う。 「何を言っているんだ、この拉致問題は昔から外務省が扱っている。口を出すな」 平然と大山が言う。それを聞いて秋草は怒りがこみ上げてきた。 「待ってくれ、この緊急時に日本の縦割り行政を口にするのか?」 「仕方ないだろう、おまえが外務省を呼んだんだろう?」 顔を顰めて秋草は何と言えばいいのか、悩んだ。
「うーん、では防衛省と家族会で調査を行なう。外務省は引き上げてくれ」 目の前の外務省の役人に秋草が言う。 「そうはいかない、われわれは外務大臣に言われて来ているんだ。勝手なこと言うな」 鼻で笑うように大山政務官が言う。 「そうか、これから首相官邸に電話を入れる、総理から外務大臣に今回の拉致被害者調 査から手を引くように言ってもらう」 と言って秋草は携帯電話を取り出し、番号を押し出した。 「ま、待ってくれ。本当に総理に?」 自信満々の大山政務官の顔から血の気が引いた。
|
|