「中性子爆弾を使う気はない、あくまで相手を威嚇するためだ。わたしは津軽海峡でそ のことを乗員全員に伝える。当然否定する者もいるだろう、残念だが否定する者は下艦 してもらう。そして心を一つにして日本海に入る」 と言って秋草は高坂艦長の肩を掴んだ。 「どうする、高坂艦長?」 「わたしは空母鳳凰の艦長です」 胸を張って高坂は言う。 「だが否定する者は何人ぐらい出るのかな? 輸送用のZ−8ヘリコプターで39名ま で搭乗できる。否定する者は三沢基地に送り届ける。この空母鳳凰にはZ−8ヘリコプ ターを3機積んである」 秋草がゆっくり言う。
「それでは否定する者が117名までなら、ヘリコプターで移送。だがそれ以上ならど うしますか?」 「うん、イージス艦を用意してある。だが余り否定する者が多いとこのまま続行してい いものかどうか?」 秋草も一抹の不安を隠しきれなかった。 だが秋草の心配をよそに否定する者は16名であった。
「高坂艦長、16名も拉致被害者返還に立ち上がった者、彼らの思いはわれわれが引き 継ぐ、丁重に送り返すように指示してくれ」 「はい、秋草事務次官。わたしが見送ります。否定者は宗教的理由と身内に原爆被害者 がいた者でした」 「高坂、”騙すまねして申し訳ない”と秋草が詫びていたと伝えてくれ」
そして空母鳳凰は荒波の日本海に進んだ。進むにつれ空母鳳凰の乗員の顔にも緊張が 高まった。 「秋草事務次官、明日にはナホトカを通過します。 「そうか、ピョートル大帝湾に入るか」 秋草はテーブルの上のヘッドホンとマイクを付ける。 「秋草だ、情報部に繋いでくれ」 <<秋草事務次官、了解しました....どうぞ>> 「秋草だ、ピョンヤンはどうなっている?」 <<はい、戒厳令が引かれ、軍の移動が激しく戦闘体制がとられています>> 「弾道ミサイル・テポドンやノドンは準備しているのか?」 <<はい、既に発射準備完了しているみたいです>> 「了解した、ミサイルが白か黒の煙を吐いたら直ぐに報せてくれ」 <<了解しました>>
「よし、高坂艦長。戦闘体制を発令せよ。わたしは北朝鮮に向かって拉致被害者返還を 要求する」 「はッ、戦闘体制発令します」 空母鳳凰は戦闘体制のサイレンを高々と鳴らした。 甲板には最新戦闘機が姿を現し、その周りを忙しそうに整備員が走り回る。
<<わたしは日本国・防衛省事務次官の秋草です。拉致被害者返還のために北朝鮮に向 かっています。けして戦いのためではありません、拉致被害者で日本に帰る意志のある 者を受け取りに来ました。現在、空母鳳凰はピョートル大帝湾を航海中です。 これからの予定ですが、日本から拉致被害者調査団をピョンヤン国際空港に送りま す。3週間をかけて拉致被害者の認定、帰国する意志の聞き取り調査を行ないます。そ して将軍様のお許しを得て帰国させます>> カメラを見詰て秋草は微かに微笑んだ。
<<わたし的には昭和初期の世界恐慌で、八紘一宇日本はアジアに植民地政策をとりア ジアに進出した。それが不幸の始まりである。と思っています。 そして第二次世界大戦の日本軍の強制連行、従軍慰安婦問題は深くお詫び申し上げま す。日本国・防衛省事務次官の秋草としては言えないが、中国、日本の文化を学んだ人 間として個人的にお詫び申し上げる。 拉致問題が解決すれば両国の関係も改善されます。高齢化した被害者、被害者家族、 どうか心広い将軍様に助けていただきたい。 それと手違いで、この空母鳳凰には300発の中性子爆弾が装備されていました。こ の中性子爆弾が直撃すると半径30キロメートル以内の生き物が消滅します。 建造物などの被害は少なく生き物だけが消えてしまう実に恐ろしい兵器です。 ですが中性子爆弾が発射されることはありません。また連絡します。次の連絡は空母鳳 凰が朝鮮半島・高城に近づいた時、もう一度連絡をします>> と言って秋草はカメラを見詰てマイクを置いた。
「秋草事務次官、中性子爆弾で北朝鮮は変わるでしょうか?」 不安そうに高坂艦長が秋草を見る。 「うん、必ずわれわれは北朝鮮に受け入れられる。その準備でもするか」 そして秋草は首相官邸と連絡をとり、拉致被害者調査団を結成させ羽田空港に待機さ せる。うーん、なれないピョンヤン国際空港でも4時間もあれば到着するな」 「あの、秋草事務次官、拉致被害者調査団とはどのような構成ですか?」 「うん、拉致被害者家族連絡会が10名、外務省の役人が30名、通訳が10名の総勢 50名だ。そして北海道千歳基地航空自衛隊所属の政府専用機を羽田空港に呼ぶ」 「そうでしたね、スタッフは全て航空自衛隊第701飛行隊でしたね」 「うん、トラブルを考慮して2機で飛んでいる。2機に分ければ50名でも載れる」 全て計算づくの秋草はほくそ笑んだ。
「高坂艦長、ピョンヤン国際空港の貴賓室に拉致被害者調査本部を設ける。それで武装 させない隊員を30名連れて行く。選出してくれ、それと食材とコックを4名ぐらい」 「えッ、コックを4名ですか?」 「うん、本土から来る50名と乗務スタッフ、それとこちらの30名で90人近い」 「分かりました」
そして空母鳳凰は荒波を掻き分け朝鮮半島・高城に近づいた。 <<わたしは日本国・防衛省事務次官の秋草です。拉致被害者返還のために朝鮮半島・ 高城に来ています、拉致被害者調査を認めてください。将軍様のご返事を洋上でお待ち します。どうか1時間以内にご返事をお願いします>> と言ってマイクを切って秋草ははるか彼方の朝鮮半島の稜線を見詰た。
そして秋草は再びマイクを口に近づける。 「秋草だ、情報部に繋いでくれ」 <<秋草事務次官、了解しました....どうぞ>> 「秋草だ、弾道ミサイルはどうなっている?」 <<はい、あのまま変わりません。煙も出ていません>> 「了解した。これからもよろしく頼む」 <<秋草事務次官、了解しました>> とその時、北朝鮮側から報道官の呼びかけがあった。
|
|