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作品名:日本の近未来 作者:佐藤 神

第19回   19

「何、偉そうに。われわれにも家庭があるんだ。給料をもらって生きているんだよ」
 防衛局長は秋草参事官を睨みつける。
「いい、もういい。秋草参事官、おまえは命をかけて拉致問題を解決すると言ったな。
二心はないか?」
 中央で話しを聞いていた岩田事務次官が言う。
「はい、事務次官。国民の生命を守るためなら殉死しようが本望です」

「そうかおまえのことだ、そのプロジェクト・チームの概要、詳細、全てが出来上がっ
ているんだろう。そして予算を出せと」
 岩田事務次官が苦笑しながら秋草参事官を見る。
「恐れ入ります、血を流さずことを成就させるには巨額な予算が必要です」
「おいおい、この不景気で防衛予算が削られているのに好き勝手なこと言うな」
 防衛局長が呆れたように言う。
「待て、防衛局長。おい秋草参事官。いくらあればいいんだ?」
「はい、3兆円近い金があれば」
 その瞬間、会議室は凍りついたように黙り込む。
そして長い沈黙が続いた。
「うーん、無いことはない」
 意外な発言に全員が岩田事務次官を凝視する。

「これから言うことは極秘だぞ、他言するな」
 岩田事務次官がゆっくりと会議場を見回した。
「これは防衛省の事務次官が代々引き継いできた隠し埋蔵金と言うか、有事の時の反撃
用資金だ。日本は戦争になっても日本から攻めることが出来ない、一度本土攻撃を受け
たら超法規行動を起こせる。
 よき聞け、戦後設置された警察予備隊、保安庁、防衛庁を経て現在の防衛省となった
訳だ。その間、70年。予算の一部を歴代の事務次官が有事のために隠匿した金だ」

 秋草参事官は眼を瞑り話しを聞いていたが、その言葉に目をひん剥いた。
「岩田事務次官、その金のことを防衛大臣は知っているんですか?」
「いや、大臣は何ヶ月か、何年か経てば自民党内のたらい回しで変わる。元々大臣はお
飾りで選挙のことしか考えていない。日本の行政を司っているのはわれわれ官僚だ」
「岩田事務次官、尤もな考えです」
「うん、秋草参事官。その有事の時の金を出すんだ。腹を括れ」
「はッ、覚悟は出来ています。岩田事務次官、それと防衛省のみなさん」

 それから3ヶ月が過ぎた。世界恐慌で日本の経済も不況の嵐に翻弄され、悪くなる一
方であった。またしても総理大臣が任期途中で投げ出し議員辞職してしまった。
 振り返ると世襲の総理が3人続いて任期途中で投げ出した。そして政権が野党に移っ
たが任期途中で小澤総理が肝臓癌のため亡くなってしまい民主党が割れた。
 政界再編でまた自民党と公明党が連合で政権を奪う。その後も世襲の総理が6人連
続で任期途中で投げ出した。
 そして7回目の総理選で定年ま近かの元美人キャスター・古池百合子議員が総理に選
ばれた。公約は”わたしは世襲議員ではないので任期途中で総理大臣を投げ出したりは
しない”だった。

 しかし防衛省の不透明な金の動きが露見した。もともとは架空名義の銀行口座に多額
の金が振り込んだのを国税局に発見されてしまったのだ。
 そして国税局が総理に密告して、総理が防衛大臣を喚問する。防衛大臣は何も知らな
いので直ぐに疑いが張れた。そして岩田事務次官が呼ばれる。
「わたしはそのような金、知りません。それともなにか証拠でもあるのでしょうか?」
 岩田事務次官は厳しい目で総理を見詰る。
「いえ、巧みなマネーロンダリングで証拠は出なかったわ。それにしても無骨な防衛省
の人間がそんなことをするとは」
 総理は訝りながら岩田事務次官を見た。
そしてその情報が流れ、岩田事務次官はメディアにつきまとわれた。

 毎日のように岩田事務次官は家から出るところをテレビに撮られ一方的な質問攻めで
閉口していた。
 しかし岩田事務次官は最後まで口を割ることなく辞任する。
<後は頼んだぞ、秋草参事官>
 と岩田事務次官は心の中で呟いて防衛省から身を引いた。
しかし事務次官の後任が決まらず空席のままだった。誰もが岩田事務次官と秋草参事官
のやり取りを見ていたので迂闊に事務次官につけなかった。そのため内定があっても丁
重に断っていた。

 秋草参事官はメディアに”防衛省事務次官は命をかけて国民の生命を守る人が相応し
い”と話した。その発言が国民に支持され、インターネットでも指示する人が何百万人もいた。そしてスピード出世で秋草事務次官が誕生する。

 それから半年後、大型原子力空母が日本に向かっていた。
その空母には海上自衛隊員4200人が乗っている、そしてその中に背広姿の秋草事務
次官がいた。
「高坂艦長、横須賀港に着くのは予定通り、2日後の午後3時だな」
 艦橋の艦長室から眼下の白波を見ながら秋草が言う。

 現役艦長73名から、この原子力空母鳳凰の艦長にふさわしい人物を秋草が選んだ。
そして隣にいる護衛艦あさぎりの艦長、高坂一等海佐を選んだ。その都合上あさぎりの
乗員を中心にこの空母鳳凰の乗員が組まれていた。と言っても護衛艦あさぎりは乗員約
220名足らずで、空母鳳凰の4000名以上の乗員にはほど遠い。だが秋草は艦長し
か選出しなかった。それ以外の乗員は全て高坂に任せた。


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