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作品名:日本の近未来 作者:佐藤 神

第17回   17

 防衛省。
 そして俊は市谷の防衛省で働いた。防衛省と言っても俊は制服組ではなく防衛省情報
本部・統合情報部の事務官である。
俊は毎日見る防衛省情報本部のシンボルマークの雉子が仰々しく好きになれなかった。

 そのころ団塊の世代は累積何千万人と定年退職やリストラで職から離れていた。
その老人たちは働けないわけではなく、アメリカのサブプライムローンの対応を無能な
ブッシュ大統領、間抜けなFRB(米連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長の考えの甘
さから世界金融恐慌を起こしてしまった。
 その世界恐慌に円だけが独歩高になり輸出が全滅する。
そのため働きたくても仕事が無く、老人たちはインターネットで各党のマニフェスト(
政権公約)と政策実績をチェックしたり国会討論を聞いたりして国政に口を出すように
なった。

 しかし老人たちも生活保護や年金では生活が出来なくなった貧困層と優雅な富裕層に
分かれた。
 富裕層は手を上げることは無かったが貧困層は生活が出来ず、自殺者が後を絶たなか
った。その中の貧困層の老人がどうせ死ぬならと無策の財務大臣に投石した。
 その映像が日本中に放映されると、貧困層の老人たちが後に続いた。標的は政治家に
限らず悪辣な官僚にも及んだ。
 ある集団が政治家、官僚の悪事を調べてその結果をインターネットに流していた。
それを見て老人たちが”天誅、国賊”と叫び制裁を加えていた。いままで我慢していた
その反動が怒りの渦となり都心から地方まで及んだ。
 あたかも中国の文化革命の血の粛清を俊に連想させた。
「うーん、日本の無気力な老人たちにもこれほどパワーがあったのか。しかし誰が老人
たちを動かしているのか」
 俊は訝りながらニュースを見ていた。

 そして内閣から治安維持のため陸上自衛隊の出動要請が度々あった。
しかし、老人たちも老獪な手口で政治家・官僚を襲った。襲っても血を流す程度でけし
て命を絶つことは無かった。
 そのため警官、機動隊、自衛隊も実弾で老人たちを撃つことを躊躇する。精々威嚇射
撃に止まった。そのため解決の目途が立たず長期化する。政治家も迂闊に閣僚になると
標的にされるので後ろめたい政治家は閣僚を辞退した。
 また不正を働いていた官僚や天下りした元官僚たちも身の危険を考えて、次々と辞職
した。
「これで日本がよくなるのかな」
 俊は老人たちのやり方に疑問を感じていた。
「例え腐った蜜柑を取り除いたとしても、綺麗な蜜柑が権力を持てば人が変わる。
犯罪に対して罪が軽すぎるんじゃないのかな」
 首を傾げながら俊が呟いた。

 俊は統合情報部にいても通訳の依頼は後を絶たなかった。英語、中国語、朝鮮語をマ
スターして、防衛、戦略の専門語も巧みで、スラングもよく知っていた。
 そのため防衛省で外国人の会議があると外国側から俊を指名する。
俊の能力の高さと外交の上手さ、年2回の昇進試験の満点を考慮して情報本部長・山本
陸将の推薦により入省5年という異例の速さで俊は統合情報第1課長に昇格した。

 俊は統合情報第1課長になってもフランス語、ロシア語も勉強する。その一方、日本の
防衛能力や世界各国の戦略も研究していた。
 だが世界金融恐慌で日本の国家予算も減り、防衛予算も大幅に削減された。防衛シス
テムも現状維持が難しくなる。
 その頃になると老人たちの政治家、官僚狩りが下火になり、拉致問題、北方四島返還
に目が向けられた。

 しかし問題が大きすぎて老人たちには手に負えなかった。そのため老人たちは拉致問
題から”在日特権の逆差別の厚遇は廃止せよ”と老人たちは言い出した。
 固定資産税の減免、民税・都民税の非課税、日本人より優遇されている生活保護、都
立高校の授業料の免除、NHK放送受信料の免除、都営住宅、水道、下水道なども大分
優遇されている。
 すべては第二次世界大戦に日本軍が行なったといわれる強制連行、従軍慰安婦問題か
ら繋がっていると俊は思っていた。

 世界金融恐慌で日本企業も輸出が振るわず業績が悪化し、若者、中年、女性もリスト
ラの対象となる。
 勿論、俊はそんな時勢とは関係なく安定した生活を送っていた。
しかし、お台場の高層マンションも住民が歯抜けになり、お台場に水色のテントのホー
ムレスが増えていく。
「これからの日本はどうなるんだろう?」
 俊は早朝ジョギングでお台場を走り呟いた。

 仕事は順調だったが上司の統合情報部長が何だかんだと俊にクレームをつけていた。
そのことを中国との打ち合わせで”最近部長が五月蝿くて参りますよ”と口を滑らして
しまった。
 その翌日、情報本部の本部長が突然降格になり地方に左遷させられていた。
「なぜだ、防衛大臣直轄の情報本部の本部長が?」
 統合情報第1課長の俊は合点が行かなかった。しかし俊は直ぐに気がついた。
「あれは統合情報部の部長のことで、情報本部の本部長のことじゃないのにとんでもな
い事になったな。いまさら中国に人違いですとは言えないし、とぼけるか」
 と俊は心の中で呟いて告知板を眺めた。

 翌日から何故か上司の統合情報部の部長から小言を言われることが無くなった。
そして翌年、俊が統合情報部の部長に昇格する。
 そして入省9年目で俊は異例のスピード出世で防衛省情報副本部長になる。しかもそ
の翌年、防衛参事官になり防衛省を牛耳るようになる。

 また防衛参事官には若くて美しい小早川幸子と言う秘書官がついていた。俊は忙しく
て1日おきに徹夜だったが幸子もその徹夜に時々付き合った。
 徹夜と言っても貫徹ではなく、2,3時間は椅子に座ったまま机にうつ伏せ僅かな仮
眠を取ってる。明け方近く俊は時計を見た。
「あーあッ、もうこんな時間だ。少し横になるか」
 俊は部屋の中を見ると幸子が机にうつ伏せで転寝していた。
「申し訳ないな、付き合ってもらって」
 と呟き俊は静に背広を脱ぎ、背広を幸子の背中にかける。
そして席に戻ろうとした時。


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