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作品名:日本の近未来 作者:佐藤 神

第15回   15

 空が明るくなり文子は目が覚めた、部屋の模様が違うので直ぐに俊の家に泊まったと
分かった。横を見ると文子が寝かしつけた姿のまま俊は寝ていた。
<今日は土曜だしこのまま寝かせてもいいかな>
 と心の中で呟いて文子もそのまま眠りについた。
 2回目に目が覚めると9時を過ぎていた。文子は起きだし朝食を作る。
スープとパン、それと林檎を剥いた。そして俊も起き出す。

「お早う、文子さん」
「お早う、昨日のこと覚えている?」
 文子は目を合わさず聞いた。
「うん、よく覚えている」
「えッ、バルコニーから飛び降りようとしたのよ?」
 意外な返事が返ってきたので文子は驚いた。
「うん、母親と妹と親父が楽しそうに暮らしていたのでわたしも仲間に入りたかった」
「本当、死んだ家族が手招きしていたの?」
「いや、家族からはわたしの姿が見えないみたいだ。わたしの存在が無視された」
「そう、あなたは知ってて飛び降りようとしたのね?」
「ええ、間違いなくわたしの意志だ」

 そして2人は朝食を食べる。
「ねえ、除霊を受けてみない?」
「文子さんはわたしに死んだ家族の霊がついているとでも?」
「分からないわ、でもどうにかしないと。形見の霧の箪笥、ベビーダンス、碁盤も押入
れの中にしまいましょう」
「あ、それはいい。亡き家族のものを見ると記憶がフラッシュバックしてわたしの感情
がコントロールできなくなる」
「ええッ、だけど除霊もやってもらうわ」
 バルコニーから下を覗いていた俊の顔が今でも文子は忘れられなかった。そして根も
葉も無い直感だが何か悪霊が憑いているんじゃないかと疑っていた。そして文子は知人
をたどり高名な霊能者に俊の除霊を依頼する。

 そして午後2人でその高名な霊能者に会いに行く。
「では目を瞑り力を抜いてください。お名前と生年月日を教えてください」
「はい、分かりました....」
 直ぐに除霊が始まったが中止になった。
「この男性の方には悪霊はついていません」
 当然のように俊は大きく頷く。
文子もそれを聞いて安心する。だが念のために夜泊まりに来ると言って2人は別れた。

 そして夜8時過ぎに旅行バックを持って文子が来た。直ぐにジャージに着替えて文子
がすっぴんで微笑んだ。
「今日は最初からベットで寝るわ」
「すいませんね、わたしのために」
 しおらしく俊は言う。だがすっぴんの文子の顔をみて俊は何となくほくそ笑んだ。
昼間の文子は化粧で隙のない無い女性を演じていたが、化粧を落とすと無警戒の幼い顔
になった。

 夜中、俊は喉の渇きで目を覚ました。そして文子を起こさないように起き上がりキッ
チンで水を飲み振り返ると文子が後ろにいた。
「水を飲みにきたの?」
「うん、喉が渇いたもので」
「そう、じゃ、寝ましょう」
 ベットに戻り文子は俊の手首を掴み寝ようとしたが、うとうとすると手首を離してし
まった。文子の腕を俊の腕の上に乗せたがうまくゆかず、俊の掌に自分の掌をあて指と
指を絡ました。そして手を軽く振って指が離れないのを確信すると安心したのか直ぐに
文子の可愛い寝息が聞こえた。

 だがその夜から俊の奇行は起こらなかった。
俊は昼間、思い詰めた顔で涙を浮かべ亡き家族の記憶を自己暗示をかけて消していた。
 そして亡き家族のぶんまで強く生きようと気持ちを改める。

 その後、俊は東大の編入試験を受け見事に合格して本郷校舎に通いだした。
ユリカモメで新橋駅まで行き、JRで東京駅まで出て大手町まで歩き、丸の内線で本郷
三丁目で降りる。
 だが通学に慣れてくると朝の満員電車がどうにも我慢ができなかった。
通いだして2週間目、新橋で乗るとちょうど俊の前に茶髪の高校生がいた。俊は後ろか
ら押されその高校生に後ろから密着してしまった。もがいてもどうにもならず長身の俊
は両手で吊革の上の鉄棒に掴まり、高校生と隙間をつくろうと足を踏ん張ったが後ろか
ら押され俊の腰が崩れ高校生を体ごと後ろから持ち上げてしまった。
「キャー、痴漢。痴漢よ、誰か捕まえて」

 黄色い悲鳴が上がり、俊は自分のことを言われていると自覚していた。
「いや、違うんですよ。後ろから押されて」
 その途端、俊の周りのサラリーマンが身を引き、俊の周りには空間が出来る。
「おい、警察に突き出せ。でっけいくせにとんでもないやろうだ」
「捕まえろ」
 白い目で周りから見られ俊は途方にくれた。
「おにいさん、次の駅で降りてよ。警察を呼んでもらうわ」
 茶髪の高校生は頭一つ大きい俊の腕を掴んだ。
「分かりました、行きますよ」
 呟くように俊が周りをみながら言う。
そして有楽町で4人のサラリーマンに囲まれて俊は電車から引き摺り下ろされる。
「おいー、駅員さん。痴漢だ。痴漢を捕まえた」

 通勤のサラリーマンは遠巻きに汚いものでも見るかのように俊を見る。
「こいつが痴漢ですか?」
 初老の駅員が大きな声で言う。
「そうよ、わたしの後ろから腰を押し付けて逃げられないようにして触ったの」
 茶髪の高校生は胸の前でカバンを両手で抱えてうつむいて言う。
その高校生はわざとか弱い少女を演じていた。
「恐れ入りますが駅長室までご同行願います」
 初老の駅員は俊を見上げ太い声で言う。
「分かりました、痴漢を認めませんが行きましょう」
 俊は潔く駅員に従った。


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