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作品名:日本の近未来 作者:佐藤 神

第13回   13

 その時、食事が運ばれた。
10年ぶりに俊は山葵の効いた鮪を食べる。
「どう、中国の寿司と比べて日本の寿司の味は美味しい?」
 ランチのハンバーグを食べながら文子が言う。
「そうですねえ、北京に日本料理松子と言う寿司屋が何店かあるんですが、中国人の板
前と着物を着た中国人の仲居がいました。そしてお客は中国人です」
「ふーん、食材も中国産なの?」
 ハンバーグをサックと切ながら文子が言う。
「ええッ、お米は黒龍江省産。お椀物も昆布と鰹節で出しをとります。確かサバだけは
日本産でしたね」
「それで味は日本の寿司と同じなの?」
「いいえ、オーナーが中国人だったので中国人のための中国の寿司に徹していました。
鮪、海老、烏賊も有りましたが大半は巻物でマヨネーズ味でした。わたしには向いてい
ません、寿司バーのカリフォルニア巻きみたいなものです」
「あまり美味しそうじゃないわね」
 美しい眉を寄せて文子はハンバーグを口に運ぶ。
「オーナーが中国人の場合、利益優先主義ですから、美味い不味いよりわたしは先ず食
の安全を考えますね」
 と言いながら俊は海老を食べる。

「じゃ食べながら聞いて、わたしが話すから質問は話し終わってからにして」
「はい」
「東京大学の編入手続きは終了しています。編入試験はいつでも受けられるわ。
それと実家の鎌倉からは通え切れないと思い、お台場に住むところを見つけたわ。勿
論、俊君が希望すればの話だけど。午後から見に行きましょう、いいところよ。不動産
屋も呼んであるわ。
 それと俊君の銀行口座を新たに作って欲しいの、お父さんの退職金や中国の交通事故
の賠償金や保険金を振り込むために。印鑑は今日中に作りましょう」
 と一気に話し文子は俊を見詰る。
「よろしくお願いします」
 俊は小さく頷いた。

「それから上層部の指示なんだけど」
 躊躇いながら文子が言う。
「何ですか?」
「暫くの間、俊君に護衛をつけると言う話なの。大使の事故死に不審を持っているよう
なのよ」
「ええッ、事故死に不審?」
 俊の眉間に鶸が入った。

「外国で大使が事故でなくなった場合は、その事故を審議することになっているの。
審議が終わるまで公安が俊君の身辺警護に当たるわ、極秘警護なので警護官の紹介も無
いし知る必要もないわ。警護官の判断で姿を現す必要があれば俊君の前に出てくるわ」
「そうですか」
 浮かない顔で俊は言う。
暫くして食事を食べ終わると二人はタクシーでお台場へ向かう。レインボーブリッジか
らの眺めに俊は目を細める。
「この辺りは大分変わりましたね。昔は船の科学館しかなかったのに」
 タクシーの窓から身を乗り出すように覗き込む。
「お客さん、久し振りの東京ですか?」
 中年の恐持ての運転手が笑いながら話しかけてきた。
「ええッ、中国の北京から10年ぶりに帰ってきました。まあ、浦島太郎とは言いませ
んけど」
 俊は気の効いたつもりで言ったが完全に無視された。
「あの、右手のバルコニーがついた灰色の高層マンションの前で停めてください」
「はい、分かりました」
 タクシーはスピードを落としマンションの前で停まる。

 そして文子に続いて俊も超高層マンションの中に入る。
「お待たせ、佐々木さん」
 文子は親しいのか嬉しそうに笑いながら手を振る。頭が禿げ上がり小太りの初老の男
も微笑みながら会釈する。そして急いで近寄る。
「佐々木さん、紹介します。秋草俊さんです。俊君、不動産屋さんの佐々木さん」
 佐々木は思い詰めたように俊を見詰る。
「この度は何て言っていいのか、大切な人を亡くした」
 泣きそうな顔で佐々木が言う。
「ありがとうございます。失礼ですが?」
 戸惑いながら俊が言う。
「俊君、この佐々木さんは元外務省の職員でお父さんとも顔見知りなの。定年前に実家
の不動産屋を継いだのよ」
 文子が俊を見ながら言う。

「そうだったんですか、これからもよろしくお願いします」
 微笑みながら俊が言う。
「いやこちらこそお世話になります。じゃ、部屋を見に行きましょうか?」
 そしてエレベータに乗り不動産屋の佐々木は18階のボタンを押した。俊はそれを見
て東京湾の一望が頭の中に広がった。
 そして佐々木はカギを取り出し部屋を開ける。カーテンを引くと明るい陽光が部屋の
中を射した。
 部屋の奥の窓から覗くと白く輝くレインボーブリッジと赤色の東京タワーがはっきり
見える。
「これはいい、凄い景観だ」
 俊は感嘆の声を上げた。
「いや、喜んでもらってよかった。難点は新橋からのユリカモメの電車賃が高いのと、
安いスーパーが近くに無いことですかね」
 すまなそうに佐々木は言う。
「そうなんですか。日本の物価は高いですからねえ」
 不安そうに俊は言う。
「でもJR新橋駅の下に京急ストア新橋店があります。安売りのスーパーで何でも売っ
ています。そのスーパーで買ってユリカモメに乗ればいいんですよ」
 ニッコリ笑って佐々木が言う。
「なるほどそうしましょう」


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