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作品名:日本の近未来 作者:佐藤 神

第12回   12

「お待ちください、中国共産党の誰から言われましたか?」
 微笑みながら警備員が言う。それは俊が帰国する前日に電話があり、事情があり名乗
れないが中央政治局にいる者だと言っていたが、俊には誰だか分かっていた。テレビで
いつもその声を聞いていた。しかし相手が名乗らない以上、俊が勝手に口にすることは
できなかった。そのためその人物の出身地を遠まわしに言う。
「名乗りませんでしたが中央政治局の常務委員で安徽省訛りがありました」
 と言って俊は警備員を見詰る。

 話しを聞いても警備員には誰だか分からなかったが常務委員と聞いて顔色を変える。
日本で言えば常務委員は閣僚級に当たる、中国共産党の次世代の総書記であり主席、書
記であった。
「秋草俊さん、少々お待ちください、直ぐに大使と連絡します」
 敬礼して警備員は早足で警備ボックスに入る。

 直ぐに大使館から黒い背広を着た背の高い男が出て来た。
「お待ちしておりました、秋草さん。崔大使がお待ちです。どうぞこちらへ」
 にっこり笑って俊を向かい入れた。そして大使館内を歩き大使執務室に入る。
「オッ、秋草さん。お待ちしていました」
 少し髪の生え際が後退した崔大使が笑顔で立ち上がり俊に握手を求めた。
「崔大使、オリンピック史上並ぶもの無い豪華絢爛、優雅で格調高い北京オリンピッ
ク。大成功おめでとうございます」
 俊も微笑んで握手の力を込める。
「ありがとう。しかし、秋草孝一日本大使の事故死、中国人民を代表して心よりお見舞
い申し上げます」
 と言って崔大使は俊に深々と頭を下げる。
「崔大使、ありがとうございます。悪夢のような出来事で....」
 と言って俊は悲しそうな顔をして俯いてしまった。

「それでこれからの予定は?」
「はい、昨日、北京首都国際空港が豪雨のため日本についた時は夜だったんですよ。外
務省に顔出すように言われていたんですが、まあ、この後、霞ヶ関に顔を出します。
 外務省の方で東京大学に編入できるように手続きすると言うので東大の学生になると
思います」
「そうですか、北京大学を首席で卒業してもらいたかったが残念だ。これからも中国は
あなたを全面的に支援します。何なりとお話ください」
 俊は力強い言葉に勇気付けられ霞ヶ関に向かう。

「うん、中国は友好的だな。日本が駄目なら中国へ行くか」
 俊は霞ヶ関で降りて白く大きな建物の外務省に入る。そして受付に顔を出す。
「すいません、わたしは中国の元日本大使・秋草孝一の息子、秋草俊です」
「はい、秋草様。どちらに連絡しましょうか?」
 綺麗な受付嬢が俊の顔を見詰る。
「いや、日本に帰国したら外務省に行けと言われて」
 受付嬢は眉を寄せる。
「どうしたの?」
「はい、連絡先がはっきりしなくて。中国の元日本大使の息子さんで秋草俊さんです」
「そう、在外公館に連絡してみて」
 少し待たされたがインテリ風でシェイプアップした体つきの女性が現れた。純白のシ
ャツに黒いスーツで身を包みいかにも切れ者と言う三十路前後の美しい女性である。

「あッ、近衛さん。あちらの背の高い人が秋草俊さんです」
「ありがとう」
 近衛はぼんやり高い天井を眺めている俊に近づき声をかける。
「秋草俊さんですね?」
「はい、秋草俊です」
 と言って俊は振り返る。
予想外の女性が現れ一瞬、俊は目を見張った。身長はちょうど170センチぐらいでジ
ムで鍛えているのか黒のタイトスカートがその体の線を引き立てていた。小さめな顔に
黒のセミロングの黒髪、整った眉に優しそうな目、形のいい鼻。そして柔らかそうな唇
が開いた。
「この度は秋草孝一中国大使が事故でお亡くなりになりご愁傷様です。....」
 丁寧な悔やみを言われる。
「ありがとうございます、礼儀作法が分からず何かとお世話になります」
 俊は軽く頭を下げ型通りの挨拶をする。そして近衛に案内されある部屋に通された。

「大内アジア大洋州局長。秋草孝一中国大使のご子息、秋草俊さんです」
 近衛は襟を正し言う。
「うん!、あッ、君が秋草俊君か?」
 書類に目を通していた白髪頭の男が眼鏡を外し、俊の顔を見て微笑んだ。
「はい、秋草俊です」
 俊は何となく会釈をする。
「いや、大変なめにあったな。申し訳ないがこれから全体会議が始まるので挨拶も出来
ないが外務省は君を全面的にサポートする、何も心配は要らない。詳細はこの女性、近
衛文子に聞いてくれ」
「大内局長、会議が始まります。急いでください」
 若い男が急に部屋に飛び込んできた。
「今行く」
 大内局長は書類を持って立ち上がる。
「文子さん、後は頼む。大臣を待たせるわけにはいかん」
 と言い残して小走りに大内局長は部屋を飛び出した。

「何だか忙しそうですね?」
「はい、局長は食事をする時間も無いぐらいスケジュールが詰まっているんですよ」
 と文子が苦笑いしながら言う。笑うと大人びた顔から子どものようなあどけない顔に
変る。その顔を見て俊は何となく安度した。
「まだ11時半だけど上で食事でもしながら、これからの事を話しましょうか?」
 微笑みながら文子が言う。そしてエレベーターに乗り12階のラウンジに入る。
「好きなものを言って、何でもあるわ」
 文子は片手を上げてボーイを呼ぶ。
「じゃ、竹の握り寿司をお願いします」
「寿司が好きなのね、わたしはランチにするわ」
 俊は霞ヶ関が一望できる窓から外を見る、遠くに国会議事堂が見えた。そしてビル群
の谷間から東京タワーが聳え立っている。

「ここのロケーション、気に入ったみたいねえ。窓ガラスは防弾ガラスよ」
 窓ガラスの厚さを確認するように俊はガラスを見る。
「嘘よ、そんなわけ無いじゃない。だいたい狙撃する場所なんか無いわよ」
 悪戯ぽっく文子が笑った。また子どもの顔が覗く。
「そうですか」
「俊君、これからの予定は何か考えている?」
 大人の顔で文子は聞く。
「いえ、何も考えていません」
「そう、じゃ、わたしが予定を立てたのでそれに沿ってやりましょうか?」
「ええッ、よろしくお願いします」


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